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ネーミング  No.920

隣家のおばあさんから自家栽培の果物をいただいた。見た目はひょうたんが崩れた形とでも言おうか。その場で皮をむいてもらって食べたのだが、とても甘くて美味しく、香りもいい。それは「ラ・フランス」という西洋なしだった。その名称は知っていたが、実物を見るのも食べるのも初めてで、原産地はフランスなのかと尋ねると、おばあさん曰く、もともとはフランス生まれながら、今では生産しているのは日本のみだという。栽培するのに欧州の気候が合わず、病気にもかかりやすいため手間がかかり、原産地ではほぼ絶滅状態とのこと。

日本に輸入されたのは1900年頃で、山形県で栽培されていたが、当時現地の人が名付けた名前は「みだぐなし」。1度聞いただけでは頭に入らず、思わずおばあさんに聞き返したが、これは、山形の方言で、見た目が良くないとか、醜い人という意味らしい。こんなネーミングの商品だから、いくら美味しくても、全く売れなかった。

その後、農家が研究を重ねて栽培技術が向上するとともに、生産が安定してきたのは最近のことで、地元の特産品にしたいと、必死に品種改良を重ねた努力の賜物だった。しかし当時の名前は「みだぐなし」だったため、商品の良さが全く伝わらず、なかなか売れずにこの果物の栽培をあきらめる農家が続出した。

そこで考案された新しいネーミングが「ラ・フランス」。意味は「これぞフランス」となろうか。実は和製フランス語だったのだ。いかにもおしゃれな語感で、以前のネーミングとは大違い、これが当たって売れ行きは少しずつ伸びていった。値段は少々高いが、高級感があり、ジャムやお菓子など用途は広く、安定した人気を維持している。

いまや清掃関連で日本を代表する大手企業に成長した会社の創業当時の話だが、社名を決めようとした時、創業者が提案した社名は「ぞうきん」だった。当然のごとく、周囲から猛反対の声があがった。「いくらなんでも、人に言いにくい」と必死に創業者を説得して別の社名に替えた。この企業は日本におけるFC展開のさきがけともなったことでも有名なのだが、もしも当初の提案通りの社名を名乗っていたら、ここまでの成長はなかったのではないだろうか。

商品が認知されてヒットするには、意味不明、地味、ありきたり、奇をてらったものでは難しいだろう。ネーミングの重要性をあらためて認識させられる。

『ヴェイパーフライ』 No.921

東京オリンピック・パラリンピックの開催が間近に迫る中、マラソンコースが東京から札幌に変更されたのには驚かされたが、さらにマラソン選手が困惑するニュースが入ってきた。「ヴェイパーフライ」が東京オリンピックでは禁止になるかもしれない ―― 。

マラソンに馴染みがない方は「ヴェイパーフライ」ってなんだ?と思うかもしれない。簡単に説明すると、ナイキ社から2017年に発売された厚底のランニングシューズのことで、靴底が3層構造になっており、中にあるカーボンファイバー製プレートが前方向への推進力を生みだしてくれる。

今年の箱根駅伝でも、全10区間のうち7区間で区間新記録が生まれたが、そのうち6人がこのシューズを履いていた。また、2018年の東京マラソンで15年ぶりに日本記録を更新した設楽選手や、その7か月後にさらに日本記録を更新した大迫選手、2017年に世界記録を更新し、2019年には非公認ではあるがフルマラソンで初めて2時間を切ったケニアのキプチョゲ選手など、多くのプロのランナーが愛用するシューズである。

世界陸連の規則で「使用される靴は誰にでも比較的入手可能なもので、不公平な補助やアドバンテージをもたらすものであってはならない」と定められている。「ヴェイパーフライ」は一般販売されているので入手に問題はないが、後半の「不公平な補助や~」の部分が、一部の選手に「不公平な利益を生んでいる」ことにならないかとして、調査チームが立ち上がった。そして複数の英国のメディアが「世界陸連はソールの厚さを制限する新規則を設ける方向だ」と報じたのだ。「ヴェイパーフライ」はシューズではなくマシーンと言う人もおり、その反発力はかなり高いものであることが伺える。

こうした事例は過去にもあった。近年では競泳の水着「レーザーレーサー」が記憶に新しい。北京五輪では多くの選手が着用し、世界記録が23個も誕生した。しかし、その要因は「レーザーレーサー」の効果だと言われ、大会後に禁止された。一部ウレタンを含む素材によって浮力が生じることが証明されたのも禁止の決め手だったとされている。だが、いくら規制をかけても、競争があれば技術は進化するというのは世の常であり、進化なくして発展はない 。なんであれ、マラソン選手にとってシューズは体の一部であり、自分に合ったシューズを見つけるには時間が必要。本来の力が発揮できるよう、早く結論を出して頂きたい。走るのは靴ではなく選手なのだから。

『ウイスキーはお好き』 No.922

先月、ウイスキー愛好家にとってまたもや悲しいニュースが流れてきた。アサヒグループホールディングス傘下のニッカウヰスキーが年代物の国産ウイスキー製品の販売を3月末で終了するという。終了するのは高級ウイスキー「竹鶴」の17年、21年、25年の3種類。2018年にはサントリースピリッツがウイスキー「白州12年」と「響17年」を販売休止にしており、年代物のウイスキーのみならず、キリンもいわゆるお手頃価格の「富士山麓 樽熟原酒50度」の販売を2019年3月に終えるなど、売れ行き好調にもかかわらず国産ウイスキーの販売終了が相次いでいる。

10年ほど前からのハイボールブームや、ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝をモデルとしたNHKの朝ドラ「マッサン」人気の後押しもあって国内でウイスキーの需要は拡大を続けているが、その影響でメーカーは原酒不足となっているのだ。ならば、増産すればよいと素人は思ってしまうが、ウイスキーは原酒を作ってから樽で長いあいだ熟成させる必要があるため、簡単には生産できず、増産しようとしてもその効果がでるのは数年先になってしまう。たとえば、年代物の「竹鶴25年」の場合は、その名が示すように少なくとも25年以上前に仕込んだものをいくつかブレンドして作られているので、25年経てばよいというものではないらしい。

しかし、ここまでの原酒不足となったのは、80年代後半から90年代にかけてウイスキーの売上げが低迷していたことによる。このウイスキー冬の時代に、メーカーが軒並み生産量を減らしてしまったことが、いまの原酒不足に拍車をかけているようだ。近年は国際的な品評会で受賞を重ねる銘柄も増え、海外でも人気が高まっているだけに残念なことである。将来的な需要と供給を考えた在庫管理の難しさを改めて感じる。 ところで、ウイスキーやブランデーなどの蒸留酒は樽で醸造しているあいだに、少しずつ蒸発して量が減ってしまう。昔の酒職人は天使に分け前を与えているから良いお酒ができると考え、これを「天使の分け前(Angel's share)」と呼んだそうだ。

ウイスキーの熟成期間は長いが、現代の科学技術を持っても短縮することはできないという。長いあいだ天使に分け前を与えながらじっくりと見守り、熟成させなければ芳醇な味は生まれないのだ。ウイスキーが完成するまでの道のりは、時を重ねることの大事さも教えてくれる。

『祝!九州』ふたたび No.923

東日本大震災から9年を迎えた3月11日、2011年3月12日に九州新幹線が全線開通した時のCMがSNSにアップされていた。当時はずいぶん話題になっていたので、すでにご存知の方も多いだろう。

これはJR九州が新幹線鹿児島ルートの全線開業にあたり企画実施した『祝!九州(祝!九州縦断ウエーブ)』というイベントをもとに制作されたもので、「鹿児島中央駅から博多駅までの沿線を人のウエーブでつなごう」がコンセプト。募集に応じた1万人のほか、多くの沿線住民が集まり、新幹線に向かって様々なパフォーマンスを繰り広げた。カメラを搭載した、レインボーカラーに彩られた試運転車からその様子を撮影、映像の間に通過する駅名を差し込みながら、歓声を上げて新幹線を迎える人々の楽しそうな姿が次々と画面に映し出されるお祭りムード溢れるCMだ。

同年3月9日からTV放映が始まったものの、開通日の前日、11日に発生した東日本大震災の影響でオンエアは3日間で中止となる。その後CMを見た人がYouTubeにアップし、JR九州の公式ホームページでも公開、徐々にネットで反響が広がっていった。震災後の東北の人々からも勇気づけられたと評判になり、震災で長期運休となった東北新幹線・秋田新幹線が全線で運転再開する同年4月29日に、沿線で住民が手を振って迎えるという、同じようなプロジェクトが企画された。また、「祝!九州」のCMは第48回ギャラクシー賞のCM部門優秀賞、カンヌ国際広告祭2011のフィルム部門銅賞の受賞をはじめとして多数の賞を受賞しており、DVDも制作されている。

今回見たのは180秒のロングバージョン。開通を喜ぶ沿線住民の喜びが直接伝わってくる楽しいCMだった、にもかかわらず、なぜか見ていて感極まってしまった。書き込みにも「何度見ても泣ける」「涙が溢れた」「感動した」の感想が並ぶ。開通の前日に発生した大震災の悲しい記憶は消えないが、楽しかった日々の思い出も消えない。だからこそ、ウエーブでつながっていたあの頃の笑顔に心動かされるのだろう。

2016年に発生した熊本地震で被災した人たちからも、見ると元気づけられると、再び話題となったこのCM、先が見えない不安に覆われているいまこそ、再度の出番ではなかろうか。困難に立ち向かうとき、人は心を豊かにするものが必要なのだ。

CMはYouTube等で見ることができるので、未見の方はぜひご覧になってほしい。

にらみ No.924

疫病に対して予防法がわかっていなかった江戸時代、庶民は神頼み、願掛け、おまじないなどに縋るほかなかった。そして、たびたび起こったはやり風邪にかからないようにと、様々なおまじないが生み出された。

なかでもユニークなのが「久松るす」という風邪除けのお札。家族が風邪をひかないように半紙に「久松るす」と書いたお札を玄関や軒下に貼り付けたという。1710年(宝永7年)、大阪の油屋の娘お染と丁稚の久松が身分違いの恋から心中した事件が話題となり、これを題材に歌舞伎や浄瑠璃の作品がいくつも上演された。当時は、はやり風邪に名前を付けており、この頃に流行った風邪は人気の芝居、お染・久松に因み“お染風邪”と呼ばれていた。人々は、「ここには大好きな久松さんはいないのでお染風邪さんは来ないで下さい」という願いを込め、「久松るす」のお札を貼った。

ところで、歌舞伎では役者が芝居の重要な場面で、足を踏み出したり、首を回したりした後、力を込めたポーズで動きを止める演技がある。これを見得(みえ)と呼び、感情の高まりを印象づけるところに使われる。いまでいうクローズアップ効果を狙ったものだ。

見得にはいくつも種類があるが、なかでも“にらみ”は市川團十郎家に代々伝わる所作。その名のとおり目をカッと開いて睨むポーズで、片方は寄り目、片方が正面を見るという不思議な視線が特徴。この目でにらまれると邪気払いや厄払いとなり、1年間風邪をひかないという言い伝えがある。

実はにらみを披露できるのは市川團十郎家の役者のみで、現在は海老蔵だけ。市川團十郎家は江戸歌舞伎を代表する役者の名家として代々團十郎の名前を受け継いできた家柄。おりしも平成25年(2013年)に12代團十郎が亡くなってから不在となっていた團十郎の名跡が5月に復活する運びとなっており、多くの歌舞伎ファンは歌舞伎座での襲名披露で、にらんでもらうのを心待ちにしていた。

しかし、にらんでもらうのは少しお預けになってしまった。政府の緊急事態宣言を受け、松竹は4月7日、5月から7月まで3カ月にわたり歌舞伎座で予定していた「十三代目市川團十郎白猿襲名披露」の公演延期を発表したからだ。歌舞伎界の一大イベントだけに誠に残念だが、歌舞伎をはじめいろいろな舞台、エンタメが少しでも早く観られるようになることを願って、私たちは“Stay Home 家にいよう”

バンクシー No.925

覆面アーティストとして世界的に知られるバンクシーが、英国の国民保健サービス(NHS)が運営するサウサンプトン総合病院に新作を寄贈した。作品は新型コロナウィルスの感染が拡大するなか最前線で闘う医療従事者を称えるもので、「皆さんがしてくれているすべてのことに感謝します。モノクロの作品ですが、少しでもこの場所を明るくできたらと願っています」というメッセージも添えられていた。

「ゲームチェンジャー」と名付けられたこの作品には、マスクをしてスーパーマンのようなマントを纏った看護師の人形で遊ぶ幼い少年が描かれており、傍らにあるかごにはバットマンとスパイダーマンが打ち捨てられたように放り込んである。いまやスーパーヒーローは看護師だ、ということだろうか。

バンクシーは作品に強烈な社会批判や鋭い風刺を込めていることで知られており、世界中の至るところで政治的メッセージの強い落書きアートを残している正体不明のストリートアーティストである。昨年、東京都港区の防潮扉で見つかったバンクシーが描いたらしいネズミの絵を都が展示したというニュースも記憶に新しい。また2018年、ロンドンの有名なオークションでバンクシーの絵「風船と少女」が、約1億5500万円で落札された直後にシュレッダーが起動し裁断されてしまったという驚きの事件もあった。これは高値のオークションに批判的なバンクシーが仕込んだものという。そんな彼のことだから、ネット上では、作品には何か意図があるのではという憶測が飛び交い、メディアや移り気な大衆への皮肉だろうとか、必要な時だけ医療従事者を称えて用がなくなれば使い捨てをする社会への風刺ではという意見も出ており、議論を呼んでいる。

とはいえ、この作品を寄贈された病院のみならず、多くの医療従事者たちがバンクシーの作品を見て勇気づけられ喜んだことは間違いなく、作品に含まれた意図ばかりを考えるのは、ほどほどにしておく方がいいのかもしれない。

ところで、この作品はしばらくの間は病院のみんなが見られるロビーに飾られ、秋以降にはオークションに出品されるとのこと。その収益はNHSの活動費用に充てられる予定だ。そして今は、早くもオークションでどれくらいの高値が付くのかということが話題となっている。オークション嫌いのバンクシーではあるが、今回はこの作品に高値が付くことを願っているに違いない。

読む価値のある本 No.926

マイクロソフトの創業者で読書家として知られるビル・ゲイツ氏は、毎年夏と冬に自身のブログでおすすめの本5冊を紹介している。今年も5月18日、この夏におすすめの5冊を発表した。また、今回は自宅で過ごすことが多い人に向けて、それ以外にも“読む価値のある本”やTV番組、映画を紹介している。目を通してみると、D・ミッチェル著『クラウド・アトラス』、R・アイガー著『ディズニーCEOが実践する10の原則』、J・バリー著『グレート・インフルエンザ』など、読んでみたい本が何冊もあった。

そんななか“読む価値のある本”のなかに、筆者もお気に入りで、いま読むのに最適な本があったので紹介したい。アンディ・ウィアー著『火星の人』とエイモア・トールズ著『モスクワの伯爵』だ。タイトルからは想像がつかないかもしれないが、実は2冊には共通点がある。『火星の人』は数年前に『オデッセイ』のタイトルで映画化されており、覚えている方も多いだろう。火星に一人ぼっちで置き去りにされたマット・デイモン演じる植物学者が、過酷な環境のなかで持っている知識を駆使して生き延びようと奮闘する姿を描いたSFだ。一方『モスクワの伯爵』は、1917年のロシア革命で一気に運命が変わり、モスクワの高級ホテルに軟禁されてしまう貴族を描いた作品で、どちらも限られた環境で生きることを余儀なくされた人物が主人公。これだけの情報だと、2作とも暗くて重いストーリーでは、と思うかもしれないが、自分に降りかかった運命を呪い、嘆き悲しむ主人公ではなく、あくまでも前向きというところも共通している。

『モスクワの伯爵』の主人公の伯爵は、ユーモアと教養があり、どんな状況でも紳士であることを忘れない魅力的な人物だ。ホテルのスイートから屋根裏部屋に追いやられても、狭い部屋をなんとか居心地よくしようと工夫を凝らし、日々の食事に楽しみを見出す。どうすれば伯爵のような境地になれるのだろうか。実は物語のなか、「自らの境遇の主人とならなければ、その人間は一生境遇の奴隷となる」という言葉が度々登場する。伯爵の育ての親、大公の教えだ。伯爵は折に触れこの言葉を思い出し、“自らの境遇の主人”になるよう努めてきたのだろう。

2冊とも約600ページと長いが、長編だからこそ長いあいだ読書を楽しめるわけだ。まだまだ遠出もできない状況だからこそ、読書で火星へ、そして20世紀初頭のモスクワへ想いを巡らせるのも楽しい。読後感もさわやかで心地よい、おすすめの本である。