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読む価値のある本 No.926

マイクロソフトの創業者で読書家として知られるビル・ゲイツ氏は、毎年夏と冬に自身のブログでおすすめの本5冊を紹介している。今年も5月18日、この夏におすすめの5冊を発表した。また、今回は自宅で過ごすことが多い人に向けて、それ以外にも“読む価値のある本”やTV番組、映画を紹介している。目を通してみると、D・ミッチェル著『クラウド・アトラス』、R・アイガー著『ディズニーCEOが実践する10の原則』、J・バリー著『グレート・インフルエンザ』など、読んでみたい本が何冊もあった。

そんななか“読む価値のある本”のなかに、筆者もお気に入りで、いま読むのに最適な本があったので紹介したい。アンディ・ウィアー著『火星の人』とエイモア・トールズ著『モスクワの伯爵』だ。タイトルからは想像がつかないかもしれないが、実は2冊には共通点がある。『火星の人』は数年前に『オデッセイ』のタイトルで映画化されており、覚えている方も多いだろう。火星に一人ぼっちで置き去りにされたマット・デイモン演じる植物学者が、過酷な環境のなかで持っている知識を駆使して生き延びようと奮闘する姿を描いたSFだ。一方『モスクワの伯爵』は、1917年のロシア革命で一気に運命が変わり、モスクワの高級ホテルに軟禁されてしまう貴族を描いた作品で、どちらも限られた環境で生きることを余儀なくされた人物が主人公。これだけの情報だと、2作とも暗くて重いストーリーでは、と思うかもしれないが、自分に降りかかった運命を呪い、嘆き悲しむ主人公ではなく、あくまでも前向きというところも共通している。

『モスクワの伯爵』の主人公の伯爵は、ユーモアと教養があり、どんな状況でも紳士であることを忘れない魅力的な人物だ。ホテルのスイートから屋根裏部屋に追いやられても、狭い部屋をなんとか居心地よくしようと工夫を凝らし、日々の食事に楽しみを見出す。どうすれば伯爵のような境地になれるのだろうか。実は物語のなか、「自らの境遇の主人とならなければ、その人間は一生境遇の奴隷となる」という言葉が度々登場する。伯爵の育ての親、大公の教えだ。伯爵は折に触れこの言葉を思い出し、“自らの境遇の主人”になるよう努めてきたのだろう。

2冊とも約600ページと長いが、長編だからこそ長いあいだ読書を楽しめるわけだ。まだまだ遠出もできない状況だからこそ、読書で火星へ、そして20世紀初頭のモスクワへ想いを巡らせるのも楽しい。読後感もさわやかで心地よい、おすすめの本である。