コラム


  散歩がてら   No.517
 「私は、凧揚げの醍醐味は何なのかときいた。橋本さんは、白髪と鬚に囲まれた瞳を一段と輝かせて、こう言った。『凧揚げの面白さは、ひっぱったり、ひっぱられたりすることです。風のある時は人間が凧にぐいぐいひっぱられる。ところが、少ない時は、こっちが一生懸命ひっぱらなきゃならない。いつも同じように風が吹いてて、凧が苦もなくあがるんじゃア面白くないでしょ。ひっぱったり、ひっぱられたり、ここがたまんないのよ』 人間の一生もこれだ。橋本さんのこの言葉の中に人生の機微を感じた」 <橋本さん>とは、江戸凧絵師の最後の人といわれた橋本禎造氏(1991年死去)。その橋本氏に話を聞いた<私>は、1994年に定年退職した元NHKアナウンサー・山川静夫さんである。1989年出版の山川さんの著書「名手名言」に収まる。

 ご存知の通り山川さんはNHKの看板アナウンサーだった。だけでなく、若い頃から古典芸能に通じ、また1974年に文楽・八代目竹本綱大夫の評伝「綱大夫四季」を上梓して以来、実は多くの著書を世に送り出してもいる非常に多才な人だ。

 1990年の日本エッセイストクラブ賞を受賞した本書には、他にも各界の文字通り「名手名言」が登場する。たとえば、長崎県対馬に窯を構える高麗陶の陶芸作家・小林東五氏を訪ねた折りの話をこう書いている。「東五さんの説明を聞きながら、古高麗の茶碗でお茶をいただいた。『茶碗をつくっていると、いろんなことがあります。ある時、面白い茶碗が出来ました。展覧会に出すとすごい評判で、秘伝を教えてほしいと尋ねられ、私は正直に答えました。私の弟子が蹴とばして出来たキズ物です』 いたずらっぽい東五さんにふさわしい話だが、人間の鑑賞眼にはずいぶんいい加減なものもあるという鋭い警句にもなっていた」

 あるいは、太鼓づくりの名人・山口桂三さんとの話では、「コメディアンの東八郎そっくりの丸顔をした山口さんは、生まれ故郷の福島弁丸出しである。『太鼓は一番皮が大事なんす。しかす、いまの皮は駄目ンなったね。昔の牛や馬は野良仕事をしたせいか、人間からよく手入れをしてもらったんだね。今は餌はよくても、牛や馬の皮は脂肪ばっかりついて弱くって、音もよくねぇんだよ』」 

 筆者はこの本を、自宅近くの図書館で偶然見つけた。黄金週間が始まる。遠くへ出掛ける予定がないなら、諸兄も散歩がてら“偶然”を見つけに覗いてみてはいかがか。

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