コラム


  脳 死   No.515
 昨年7月の臓器移植法改正で可能になった15歳未満への、初めての脳死判定による臓器提供―移植手術が13日行われた。脳死 ―― とても微妙な問題だが、浅学無知の筆者には、法医学者の浜松医科大理事・鈴木修氏が3月15日付中日新聞のコラム欄に寄せた一文「脳死と人の死」がかなりショッキングだった。テーマの性質上、表現がストレートでかなり強烈な点をお許し願いながら、一部を以下に引用すると、こうだ。

 「私も脳死状態の死体の解剖をたくさん経験している。司法解剖では、必ず、頭蓋腔、胸腔、腹腔を開く。脳死者の場合、首から下の各臓器は新鮮でしっかりとしているのに、大脳、小脳などは原形なく、まるで灰色の泥のようだ。頭蓋骨を電動のこぎりで切り始めると、その時点で、泥状の脳がボトボトと漏れ出してくる。やむをえず、洗面器を下にあて、頭蓋骨を開きながら、流れ出てくる泥状脳全体をすくいとる」

 「泥状の脳がボトボトと漏れ出す」だなんて、最初は信じられなかった。しかし、ネットをほんの短時間検索しただけで、同様の記述を他にいくつも見ることになった結果にさらに驚いた。たとえば脳死者の病理解剖を見学した医学生がブログに書いている。「私はてっきり、脳死であっても、あの白子みたいな普通の状態の脳が見られるものとばかり思っていた。脳死後、人工的に心肺機能を延命していると、脳は、泥のような、原形をとどめない流動体になってしまうのだと思い知った」 通常の経過で亡くなった場合の脳は原形を維持するけれど、脳死した脳は自己溶解してしまう―― 筆者の周囲の誰一人としてそれを知らなかったのは偶然ではあるまい。

 杏林大学名誉教授・竹内一夫氏は、論文集「不帰の途 脳死をめぐって」の中で嘆いている。「わが国では世の中の変化、とくに医療不信のもとに、心臓死とか脳死とか言葉ばかりが先行して、専門外の医師、マスコミ、評論家などなど有象無象の不勉強、偏見、誤解とも相俟って、発展途上国にもみられない混迷状態ができてしまった」

 脳死は果たして本当に死なのか ――人それぞれの考え方があろう。鈴木氏も先のコラムで続ける。「もちろん、家族の気持ちも理解できる。脳死といわれても、(機械的サポートによって)心臓は拍動し、体は温かい(のだから)」「しかし、一度私どもの解剖をビデオに撮り、お見せすれば考えを変えてくれる人も出てくるのではないか」

 無知なるがゆえの拒否・拒絶 ――「脳死」以外にも、世の中に案外多いのかも知れない。

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