コラム


 記 憶  No.447
 おとといの夕食に何を食べたかを思い出せない。「マニュアル通りの仕事をこなし、必要な部分しか脳が働いていないと、脳の他の部分の機能低下が進み、物忘れが激しくなる」(「日経メディカル」)との指摘にドキッとする。

 「記憶」に関する悩みといえば、大事な物事を忘れてしまう不安や恐さばかりが先に立つ。が、逆にこんな人も、世の中にはいる。

 1965年生まれ、米国ロサンゼルス在住の女性ジル・プライスさん。「超記憶力」の持ち主である彼女は、ランダムに示された「その日」の出来事を答えることができる。たとえば「1996年7月26日」は「金曜日。アトランタで爆破事件が起きた」。「1996年11月5日」は「火曜日。クリントン大統領が再選された」。「1997年8月30日」は「土曜日。ダイアナ妃が事故死した」等々、年齢的に彼女が知っていて不思議ではない日付にどんな出来事があったかを、すべてほぼ即答で言い当てることができる。

 しかも、彼女が覚えているのは歴史的事件だけではない。先の「1996年7月26日」なら彼女は「友人アンディとデイリー・グリルという店で夕食を食べた」こと、「1996年11月5日」は「家族全員で弟マイケルの誕生日祝いをビバリーヒルズのレストラン『ザ・グリル』で祝った」こと、さらに「1997年8月30日」なら「友人ロビンと百貨店で買い物をしたあと、『ハンバーガー・ハムレット』で夕食を食べた」こと等々、彼女は、自分の8歳以降の毎日の行動や体験した出来事を、詳細かつ完璧に覚えているのだ。

 否、正確に言うと彼女は、過去の出来事を全部「覚えている」のではない。自分が関わった過去の出来事(=「自伝的記憶」)のすべてを、彼女は「忘れることができない」のだ。しかもその記憶が、意志とは無関係に突然、映画を見ているかのように鮮明に蘇り、頭の中で暴れ回る状況が四六時中、続いている――医学的には極めて稀有な「ハイパーサイメスティック・シンドローム(超記憶症候群)」というのだそうだ。

 「忘れることは、私たちの生活の中でいくつもの重要な役割を担っている。記憶や忘却の仕組みについて多少なりとも知識を得るようになり、私は『忘れられる』ということも大切に能力であることを知った」と彼女は自著の中で書く。自身の「物忘れのよさ」に安堵したのは初めてだが、ただし、12月8日が第2次世界大戦開戦の日だったことをほとんどの人が忘れてしまっている日本の現実が、それでよいのかどうかは別だ。

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