コラム

 咀嚼考  No.444
 医学博士・齋藤滋氏の調査によると、日本人の1回の食事での咀嚼回数は、弥生時代の3990回から現代は620回へと6分の1に減っている――本年3月16日付本欄「退化」で触れた。「でも、弥生人の食事の咀嚼回数などどうして分かったの?」と疑問に思った読者がいたかも知れないのでタネ明かしすると、「3990回」は遺跡や過去の文献から判明した当時の食事メニューを再現、現代人に食べさせて測った推測値である。

 同じ方法で調べた日本人の咀嚼回数は、平安時代1336回、鎌倉時代2654回、江戸時代初期1465回、江戸時代後期1012回、昭和初期=1420回。平安時代での咀嚼回数の少なさがとくに目立つが、これは、サンプルにした当時の平家武士階級では、白米を炊いた「姫飯」など、あまり噛まずに済む柔らかな「グルメ食」を好んで食べたためらしい。

 噛む回数が減ると、歯が悪くなり、消化不良になり、栄養を吸収しにくく、糖尿病はじめ生活習慣病に陥りやすい。満腹中枢が的確に働かないため過食からメタボになり、大脳を刺激することが少ないから認知症にもなりやすい。

 そんな食生活を送っていた平家だから、玄米を蒸しただけの「強飯」や干し魚など、よく噛まなければ消化できない粗食を食べていた野生的=健康的な「鎌倉の田舎侍」源氏との戦に敗れたのだ――との説が、必ずしも大げさな話ではないことを、かつて「日本一の長寿村」と言われた山梨県上野原市棡原地区の今昔に見ることができる。

 1940年代の棡原地区は、地域人口に占める70歳以上の割合が9.10人と全国平均4.86人の倍近かった。関東山地の急峻な斜面にへばりつく山村で、水田がなく、雑穀や芋などを作り、健康的な粗食生活を送っていたからだ。ところが、50年代になって立派な道路が通り、村外との往き来が楽になると……50〜60代の生活習慣病が増え、親より子供世代が先に亡くなってしまう「逆さ仏」現象が目立つようになったという。

 豊かになってしまった食生活を、再び昔に戻すのは難しい。ならば、せめて昔の人のこんな言葉を思い出してはどうか。「箸先五分、長くて一寸」――食事で箸を汚すのは先の五分(1.5cm)、長くても一寸(3cm)にとどめなさい。上品な食べ方というより、そうやって一度に口に運ぶ量を少なくし、食べ物を何回かに分けて食べれば、咀嚼する回数も増えて消化が促され、腹八分でも満腹感があるから健康に良いという教えを、この「箸先5分…」の言葉は含んでいるのだ。先人の知恵には、つくづく勝てないと思う。

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