コラム


 国語力  No.394
 もはや「暴落」と言っていいだろう、もともと高くなかったとはいえ麻生内閣の支持率(ANA調べ)が、29.6%と前月調査から13.2ポイントも落ちてしまったことを。

 おまけに麻生さんは最近、新「KY」とまで揶揄されている。安倍元首相の「空気読めない」ではなく「漢字読めない」の略だそうだ。たしかに「踏襲」を「ふしゆう」、「前場」を「まえば」、「有無」を「ゆうむ」、「詳細」を「ようさい」などと口にされては、一国の宰相として彼の口グセを借りれば「いかがなものか」と思う。

 ただし、である。度々のミスを記者に指摘され、「単なる読み違い、もしくは勘違い。はい」と憮然たる表情で会見を打ち切り立ち去った――という表現に何の違和感も感じなかったなら、麻生さんの国語力を咎める資格はないかも知れない。

 「憮然」=「ふて腐れたようにブスッとして不機嫌な様子」と筆者も理解していたのは誤りだった。「憮」は「失意」を表す漢字。だから「憮然として」は「がっかりして」「しょんぼりして」の意味だ。逆ギレ気味の麻生さんに、その様子はなかった。

 意味が、本来とは違った姿で使われるようになった日本語はほかにもある。

 「なし崩し」=「日朝協議 制裁なし崩しも――甘すぎる日本の対応」と、これは新聞社系ニュースサイトが実際に掲げた記事見出し。姿勢がずるずると後退している様子を表現したと思われる。が、「なし崩し」は漢字で「済し崩し」と書き、借りたものを少しずつ返してゆくことが本来の意味で、決して後ろ向きの言葉ではない。

 「悲喜交々(こもごも)」=入学試験の合否発表などで「悲喜こもごもの光景が見られた」と報じられたりするのも、本来は変。「悲喜交々」は、同じ場所に喜ぶ人・悲しむ人が混じるのではなく、一人の人間の心の中に喜びと悲しみが入り混じる様を表すからだ。

 「姑息」=「姑息な真似をするな」などという使い方をされるが、礼記「細人の人を愛するは姑息を以ってす」(教養のない人が人を愛する時は、その場かぎりである)に由来する「姑息」には、本来「卑怯」とか「ずるい」とかの意味はない。

 調べている間に、日本語ではないがこんな語源も知った。「内閣」は英語で「キャビネット」だが、これには「密談所」の意味があったと。近頃、政策・方針を巡って閣内不一致が伺える麻生内閣。いまや閣内での「密談」的意見交換さえ充分に行われていないとすれば、その支持率・求心力の低下は、当然の帰結というべきかも知れない。

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