コラム


 ノーベル賞  No.389
 号外まで出た大ニュースが、わずか1週間でもう誰も口にしなくなってしまう現代社会の時間の流れの速さに改めて驚くが、日本人科学者が一度に4人もノーベル賞を受賞した話は、間違いなく日本にとって世紀の大ニュースだった。

 私たち日本人が世界に誇るべき受賞者の名前を、まだ正確に覚えていらっしゃるだろうか。「自発的対象性の破れの発見」でノーベル物理学賞を受賞したのは米シカゴ大学の南部陽一郎名誉教授(87)、「CP対象性の敗れの起源の発見」でやはり同賞を受賞したのは高エネルギー加速器研究機構の小林誠名誉教授(64)と京都産業大学の益川敏英教授(68)。さらに「緑色蛍光たんぱく質の発見と発光機構の解明」で同化学賞を受賞したのは米ボストン大学の下村脩名誉教授(80)。

 「日本人」と書いた。けれども南部教授は米国籍、下村教授は日本国籍のままだが米国市民権を持つ、ともに海外への「頭脳流出」組である。「ノーベル賞が出た、というと“母校”や“ゆかりの大学”がお祭りをしたり、後追いして文化勲章など急ごしらえで出すことを相談しているらしいですが、なぜ人々は日本から頭脳流出せざるを得なかったのか。そういう観点は今回のノーベル賞お祭り報道の中でまったく顔を出しません」――大学時代に物理を学んだ異色の作曲家、伊東乾・東京大学教授が「日経ビジネスオンライン」(10日付)に寄せた苦言に同感である。

 日本は、平成7年に制定して現在その第3期段階にある「科学技術基本計画」で、「ノーベル賞受賞者を50年間で30人程度輩出する」ことを数値目標に掲げている。研究者たちの環境を整えることに力を注ぐのは結構なことだ。ただ、そうして国が科学技術のバックアップに取り組む目的は、今回のノーベル賞で功績が高く評価された基礎的研究よりむしろ、短時間で経済の活性化に繋がるような「応用研究」に目が向けられたものだ。それでよいのか? 「今回の受賞は60〜70年代の業績に与えられたものだ。現在の研究環境はノーベル賞に結びつく人材を育てるにふさわしいか。今回の受賞をきっかけに改めて考えたい」と書いた毎日新聞「社説」(8日付)の指摘を支持する。

 「最近の人は困難に突き当たると安易な方向に向かいがちだが、自分が興味を持った課題を見つけたらやり遂げること。難しいからやめるのはよくない」と下村教授。いわば「紙と鉛筆の世界」で研究に励み、偉業を成し遂げた人の言葉は、シンプルでも、重い。

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