コラム


 一服の涼を  No.380
 育ちが知れるのでこういう書き方はあまりしたくないのだが、このクソ暑さは何とかならぬか。「エコ」に協力したい気持ちはあっても、「今日も猛暑日で熱帯夜」とか「室内で熱中症になることも」などと聞くと、エアコンを切る気にはなれない。

 でも、名古屋でこの日も最高気温が37℃を超えた先週日曜日、気持ちばかりにせよ「涼」を感じた。市内熱田区「白鳥庭園」で、久しぶりに水琴窟を聴いたからだ。

 「ポポポン…ポン」とも「キン…コーン」とも、音色はさまざまだが涼やかな音を届けてくれる水琴窟。大きな甕(かめ)を逆さに伏せて地中に埋め、天井部分に開けた小さな穴から水を落とすと、底の溜まり水に当たった水滴音が甕の空間で反響し増幅されて聴こえる――江戸時代の初期、茶人で造園家でもあった小堀遠州が、庭の手水鉢(ちょうずばち)や蹲踞(つくばい)の余水を処理する排水設備「洞水門(どうすいもん)」を工夫して作ったのが始まりとされる。

 江戸時代から明治にかけて広まった水琴窟が、しかしその後廃れてしまったのは、手入れをしないと10年ほどで甕の底に砂が溜まり、音が消えてしまうからだ。それが昭和60年前後、古い水琴窟の発見と修復を新聞やNHKテレビが伝えたことや、最近はまた「ヒーリング・ブーム」にも乗って再び注目され始めているらしい。

 そんな、音に関しても繊細な日本人の感性は、普段気付かないだけで、実はほかの意外な場所でも施されている。例えば、能舞台。その床下に口径1mほどの甕を7〜10個置いている能楽堂が、現在も少なくない。役者が足で舞台を踏み鳴らした時、音の響きを良くするための「隠し技」である。潜ませる甕の配置や向きはかつて「秘伝」とされ、「宮大工と雀は軒で鳴き、舞台大工と鼠は床で鳴く」との言葉も残る。

 また東京・杉並区「高千穂学園」では、大正2年建築の武道場を現在も合気道道場として使っているが、その床下にもいくつかの甕が隠されている。音響効果を高める同じ理由で、大正元年建築の旧警視庁内の演武場の床下にも12個の甕があった。

 さらに調布市「深大寺(じんだいじ)」の鐘楼は、幕末に焼失したのを明治3年に再建したものだが、その基壇にはやはり、鐘の音の残響を良くするための甕が埋められているし、同様の工夫は千葉県匝瑳(そうさ)市「飯高寺(はんこうじ)」の鐘楼など他寺にも例が少なくない――と話が脱線してしまったが、珍しいと思う水琴窟も、ネットで探せば意外に近くにあったりするものだ。ガソリン高騰で遠出を諦めた夏休み、出掛けて耳を澄ますのも「一服の涼」ではないか。

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