コラム


硬骨漢 No.307
 歌手・森進一も、とんでもない人を怒らせてしまったものだ。代表曲「おふくろさん」の歌い出しに勝手に「語り」を加えて歌ったことを、作詞した川内康範氏に咎められた。しかも、この件で設けられた話し合いを、森氏は体調不良を理由にドタキャンしたうえ、怒った川内氏が「もう歌わせない」と伝えると、「あの歌はもう“森進一のおふくろさん”ですから」と言ったとか。森君、君は苦労人だったはずなのに、いつの間に何を勘違いしてしまったのか? もしその日、不調を押してでも足を運び、頭を下げて頼んでいれば、話はここまでこじれなかっただろうに、相手が川内氏なら。

 川内康範、86歳。小説家、映画脚本家、作詞家……戦後の大衆文芸の多方面で活躍してきた。とりわけ知られるのはテレビドラマ「月光仮面」の原作者であり、「まんが日本昔ばなし」の監修者でその主題歌の作詞者でもあるということ。作詞ではほかに水原弘「君こそわが命」、和田弘とマヒナスターズ「誰よりも君を愛す」、城達也「骨まで愛して」など、団塊世代のオヤジの誰もが歌ったヒット曲を送り出している。

 同時に川内氏は民族派の活動家でもあり、海外抑留日本人の帰国や、戦没者の遺骨引き揚げ運動に早くから取り組んできた。その活動を通じて政界との繋がりを深め、福田赳夫の秘書や、佐藤栄作、鈴木善幸、竹下登、中曽根康弘など歴代首相の私設顧問にもなった。また思想家として憲法9条の堅持を主張する一方、昭和天皇の戦争責任にも言及するなど、右翼・左翼の枠を超えて持論を世に投げ掛けてきた。

 余談だが先日、列車に飛び込もうとした女性を助けて殉職した警官の葬儀で流された警視庁機動隊の歌「この道」の作詞が彼なら、その後、ある広域暴力団歌を書いたのも彼だ。「天皇の戦争責任発言を攻撃された時、頼みもしないのに体を張って守ってくれたのは彼ら。レッテルで人間を判断するのは嫌いだね」と彼は非難を一蹴した。

 ジャーナリスト・古沢襄氏が取材後の印象を書いている。「義理・人情が服を着て歩いているような人。威張ることのない人だが、筋が違うと思えば、相手が総理大臣でも噛みつく気骨を持っている」と。「俗徒」「雑犬無頼派」、はたまた「文化やくざ」とも自称する川内氏だが、いまや死語になりかけている次の言葉が最も相応しいのではないか。「意志が強く、権力に屈せず、主義・主張を曲げない男=硬骨漢」(大辞泉)。

 そんな頑固ジジイが健在だったことに、安心した。時代遅れなどでは、決してない。

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