コラム


せめて片手を・・・ No.248
 お笑い芸人がただギャアギャアと騒がしいだけの最近の正月のテレビ番組の中で、これもバラエティではあるけれど心温まる話で毎年楽しませてくれるのが「さんま・玉緒のお年玉! あんたの夢をかなえたろかスペシャル」(4日TBS系)だろう。

 これまでも「マイケル・ジョーダンにバスケットボールを教えてもらいたい」とか「世界のトップモデルになりたい」など、事前の街頭インタビューで聞いた庶民の「夢」を数多く叶えてきたこの番組は、今年もそんな1つの、世界的に著名なオーボエ奏者・宮本文昭氏と「共演したい」という北海道の女子高校生の夢を、実現させていた。

 学校の吹奏楽部で、本当は吹きたかったトランペットからオーボエに回された彼女は、物事をマイナス思考に考える性格もあり、落ち込んでいた。それが今回、ふと口にした夢が叶えられることになり、一人で懸命に練習していると、宮本氏が突然訪ねてきた。驚く彼女に宮本氏が掛けた言葉を聞いて、思った。私たち大人も同じではないかと。宮本氏は、こう言ったのだ。「君の悩みは聞いた。でも、大きな夢や目標を実現するためには、いままで掴んできた物から手を離すことも、大事だと思うよ」

 そして「実は僕も、手を離そうと思っているんだ」と続けた宮本氏が明かしたのは、来年3月でオーボエを辞めようと考えている決意。「いまのポジションにまで来てしまうと、誰も僕に忠告してくれないんだよね。これではいけないと思って」と。

 宮本氏が天賦の才能に恵まれていたのは違いなかろう。しかし、才能に長けていればこそむしろ、凡人の何倍、何十倍の努力を重ね、その結果として、現在の名声とそれに相応しい収入を、やっと手に入れることができたのだと思う。それなのに宮本氏は、ステップアップするために、掴んだその手を、あえてもう一度、離すという。

 たまたま同じ日、中日新聞紙上で「いま社会を覆っている閉塞感をどう思うか」との問いに、脳科学者・茂木健太郎氏が答えていた。「閉塞感を感じている人って、自分の周りの世界がすべてだと思っちゃうんですね」 そうかも知れない。

 いま、夢を心に抱きにくい時代。だからせめて現在の生活を守ろうと、みんな両手で必死にしがみついている。しかし、片方の手を離して伸ばさない限り、いま居る場所から上へは、上りようがない。行き止まりの閉塞感から、抜け出すこともできまい。

 自分の力を信じ、一層の努力も覚悟して、せめて片手を離す勇気を持とうではないか。

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