コラム


 決断一瞬  No.540
 「落葉知秋」。木の葉が舞い落ちる様子に、深まり行く秋を知る――というように日本人は、言葉の裏側に潜む奥深さが心に響くからか、「四字熟語」が結構好きだ。

 過日は大相撲・琴奨菊が、大関昇進の伝達を受ける口上で「万理一空」の言葉を口にした。宮本武蔵の「五輪書」の一節「山水三千世界を万理一空に入れ、満天地とも纏める」(どんな遠くまで行っても空は一つ。すべてのものは一つの世界にとどまる)から引いたもので、「常に冷静な気持ちで目標に向かって努力する」との決意表明だ。ただ、辞典を片手に候補の言葉を探す姿まで報道陣に見せていたのは愛嬌が過ぎたけれど。

 生まれる者がいれば、去る人もいる。同じ大相撲では行司の最高位、第35代木村庄之助が先場所千秋楽、定年退職した。木村家には「庄之助」を名乗る者だけが持つことを許される「譲り団扇」と呼ばれる軍配があるそうだ。その軍配の一面には「知進知退 随時出処」、もう片面には「冬則龍潜 夏則鳳挙」の言葉が書かれていることを翌日の新聞で知った。「進むだけでなく退くことも知っておけば、何事かに直面した時、潔く身を処すことができる」「龍は厳しい冬には海に潜って時を待つからこそ、夏に羽ばたいて鳳凰となることができるのだ」の意味という。なるほど深みのある言葉だ。

 そういえば野田首相も、就任直後の所信表明に「正心誠意」の「四字熟語」を織り込んだ。出典は勝海舟の説話集「氷川清話」と報じるマスコミが多かったが、さらに遡れば原典は中国の古典「大学」にある。ただ、松下政経塾出身の野田首相が師と仰ぐ松下幸之助翁が「上手下手より誠心誠意」の言葉を残していることから、「(周囲が用意した)草稿では『誠心誠意』となっていたのを、野田首相が『正心誠意』に直した」との裏話を某紙が書いていた。野田さんらしい細かな「こだわり」に感心したかったのに、国民に初めて発する演説原稿を誰かに書かせていたと知ったのは、いささか興醒めだった。

 先の木村庄之助は、普段は座右の銘「決断一瞬」と記された軍配を手にすることが多かった。その大相撲「審判規定」の「行司」の項にはこう明記されている。「行司は、勝負の判定にあたっては、如何なる場合においても、東西いずれかに軍配を上げなければならない」(第四条)。そう、審判を誤った時は切腹する覚悟を表すため、短刀を差して土俵に上がり、「一瞬の決断」に臨む最高位の立行司には、「(建設を)5年間凍結」などという、決着を先送りするような曖昧な判断は許されないんですよね、野田さん。 

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