コラム


 自身の言葉で  No.535
 ベテランのこの人も、今回は“読み”を外してしまったらしい。岐阜県土岐市・山志製陶所代表の加藤晃一さんは、歴代首相全員の似顔絵を印刷した湯呑み茶碗を製造し、全国の土産物店などで売っている。首相交代時にはいつも事前に新首相を予想し、下絵になる似顔絵を準備している。5人が立候補した今回、悩んだ末、加藤さんが用意したのは海江田万里、前原誠司両氏の似顔絵だった。ところが、結果はご存知の通り。

 マスコミの事前の世論調査はいずれも「前原氏、絶対優勢」を予想していた。しかし当日、1回目の投票で前原氏(74票)は3位にとどまり、海江田氏(143票)が野田氏(102票)を大きくリードした。ところが、決選投票では野田氏(215票)が海江田氏(177票)を抜き返す大逆転。どうやら日本国の総理大臣というのは、素人や凡人には理解し難い「力学」で誕生する仕組みになっているらしい。しかも幹事長に小沢一郎元代表に近い輿石東氏、政調会長に「脱小沢」路線の前原氏、国対委員長には鳩山由紀夫前首相の側近・平野博文氏と、野田新代表が早速見せた党内人事にみるバランス感覚も、さてどう受け止めてよいのかと、国民はまだ戸惑っている段階ではあるまいか。

 野田新首相は県議に立候補した1986年から財務相に就任した昨年までの25年間、地元駅前で毎日の街頭演説を欠かさなかったそうだ。なるほど今回の代表選でも、巧みな演説が聴衆の多くを惹き付けた。「ドジョウが金魚のまねをしてもしょうがない。ドジョウのように泥臭く、国民のために汗をかきたい」。「政権運営とは、雪の坂道を雪だるまを押し上げていくようなもの。雪だるまがだんだんと嵩み、大きく、重くなってゆく時、あの人が嫌い、この人が嫌いと内輪もめをしていたら、雪だるまは転げ落ちてしまう」。「朝顔」の話も口にした。「夜の暗さ、冷たさを経験しているからこそ、翌朝に咲いた朝顔の美しさを理解し愛でることができる」と。「胸にじーんと来て、落ちそうになった」と小沢グループの若手が新聞で白状していた。ただ……。

 演説を聞き直しながら気づいた。「ドジョウ」は詩人・相田みつをの詩、「雪だるま」は北海道出身の党友・荒井聰氏から、「朝顔」も「以前に誰かから」聞いた話。つまり、野田さんが口にしたのは全部、誰かの言葉の借り物で、彼のオリジナルではなかった。

 戦後では安倍晋三、田中角栄に次いで3番目に若い新宰相が、これからは自分の言葉で、私たちに何を、どう話しかけてくれるのか ―― 大いに期待して、いまは待とう。

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