コラム


  便利さの裏側   No.512
 世の中、たしかに便利にはなった。たとえばテレビ番組の録画予約でも、地デジ時代のいまは、事前に自動配信される1週間分の番組表の中から予約したい番組にチェックを入れるだけで事が済む。いわゆる機械オンチにだって、何の苦もない。

 動物も人間も、すべての行動の裏には隠された共通の「メリットの法則」がある、と奥田健次・桜花学園大学准教授(行動分析学)はいう。分かり易い例を挙げると、トイレへ行く時、誰でも電灯のスイッチを入れることを忘れないのは、「室内が明るくなって落ち着く」というメリットがあるからだ。しかし、用を終えたあとトイレの電灯を消し忘れる人は結構いる。節電というメリットはあっても、トイレの電灯を消すことに直接的メリット=不便を感じないからだ。奥田准教授によると、「人間は行動後60秒以内に具体的メリットを感じない行為には積極的になれない」のだそうだ。

 メリットの追求は、言い換えれば「便利さの追求」でもある。消費市場に毎日送り出される新商品、新製品の大半は、生活をより便利に、より快適にするためのアイディアから生み出されている。電気製品のみならず繊維製品でも、ファッション的な斬新さだけでなく保温性や通気性、軽さや着心地など機能性、便利性が追求されている。

 逆に言えば、そうした新商品開発のヒントは、世の中の不便さを探し出し、それをどう解決するかを考える「逆転の発想」にある。例えば、真冬のアウターは重くて着づらいから、軽いダウン素材がヒットした。洗濯後のシャツのシワが気になるから形状記憶素材が開発された。「何が不便か」を考える先に新商品がある。ただ――。

 私たちが生き、暮らしていく中で、便利さの追求が必ずプラスに働くかとなると、必ずしもそうではあるまい。農薬は害虫を駆除して農業の生産性を高めるが、人の健康に悪影響を及ぼしかねない。車社会の発達がどれだけ多くの人命を奪ってきたか、あるいは大災害の発生で車が一瞬にして巨大な鉄屑に化したとき、その除去がどれだけ復興を遅らせる邪魔物になるかも、今回の大震災の映像を通して私たちは目の当たりにした。

 「あなたが生きるために必要な物は何?」と聞かれたインタビューで、農林業に従事している人々は「水、火、そして刃物」と答えたが、都会に住む若者の答えは「お金、携帯、車」だったそうだ。作家・倉本聰氏は「現代人は“便利=幸せ”と取り違えているんじゃないか」と語る。「生きる」ということの足元を、この機会に見直したい。

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