コラム


 許されぬ「社会的手抜き」  No.428
 1964年3月某日深夜、まだ凍てつくほど寒いニューヨーク市内で事件は起きた。スポーツバーの28歳女性マネージャーが自宅マンションに帰り着く寸前、男に襲われてナイフで刺されたうえ、乱暴され、翌日死亡した。この事件が米国内のみならず世界的にも話題になったのは、その時、彼女が何度も上げた悲鳴を聞き、戸外へ出たり窓を開けた事件の目撃者が、後日の捜査では周辺に38人もいたにもかかわらず、彼女を助けるどころか警察に通報した者が、たった1人もいなかったという事実だった。

 だからアメリカは治安が悪く、恐い国だ――と非難する資格が、では日本人にはあるのか? 2006年8月、JR北陸線の特急電車内で、36歳の解体工は、隣に座った21歳の女性会社員を脅して痴漢行為を続けた挙句、トイレへ連れ込んで暴行した。列車内には当時40人近い乗客が乗っており、女性が泣きながら連れて行かれる様子に気付いた客もいたが、犯人を事前に止める者は誰もいなかった。また2008年3月、三重県松阪市内を走行中のバス車内で、携帯電話の使用を咎められた58歳男が、注意した61歳男性に暴力を振るい、被害者が翌日死亡した事件でも、30人いた当時の乗客は、誰も暴行を制止しなかった。他国の非人情を、とても責められまい。

 ドイツの心理学者リンゲルマンが綱引き実験で実証した「リンゲルマン効果」は、「社会的手抜き」という別の表現のほうが分かり易い。それによると、1人で綱を引くときの力を基準にすると、2人で引く場合は各々が93%、3人では85%、8人では49%の力しか出さなくなってしまうという。「自分が多少力を抜いても大きな影響はあるまい」と各人が考えることで各々の責任感が薄れ、出す力が弱まってしまうためだ。

 ズルさや弱さに起因する、人間誰しもが持っているそうした責任の回避や緩和を心理学では「傍観者効果」と呼ぶが、「傍観者効果」は社会生活の場のみならず企業内でも起こり易く、かつ、後に重大な禍根を残すことが少なくないから見逃せない。

 そこで企業内で「傍観者効果による社会的手抜き」を防ぐには、目標を掲示するに際しては、「みんなで頑張ろう」ではなく、個々への指示を明確に与え、構成員全員に「傍観者」ではなく「当事者」としての自覚をしっかり植え付けることだ。さらに――。

 「8月30日」と決まった総選挙。国政への一票も、傍観者ではなく当事者としての自覚に基づくものでなければならないことを、有権者は充分理解していると信じたい。

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