コラム

 退 化  No.410
 マスコミ各社がこぞって報じたということは、それなりにインパクトのある話題だということだろう。NHK「きょうの料理」の材料表示が44年ぶりに変更されるという。番組がスタートしたのは1957年(昭和32)11月。当初は5人分の材料を紹介していたが、核家族化の進行に伴い65年4月に4人分に減り、さらに今春からは2人分になる。05年の国勢調査で世帯当たりの人数が2.6人になり、今後も減少傾向が続くと想定されることや、番組のテキスト本のアンケートで「2人分」への要望が多いためだ。

 たしかに「食」の場面は、大家族で食卓を囲んだ時代から核家族化が進み、いまやたった一人で食事をとる「個食」の時代へと大きく変貌した。

 霊長類学者の山極寿一氏はサルと人間の食事の違いについてこう述べている。「サルは休んでいるときは仲間と一緒にいるが、エサを食べるときは互いに離れる。エサを巡って騒々しい喧嘩が起こることも多い。一方人間は、眠るときはプライベートにこだわるのに、食べるときは仲間と一緒になりたがる。友を特別な料理でもてなしたり、さまざまな文化で食事の作法やエチケットが事細かに決められているのは、人間が食べることを大切なコミュニケーションにしてきたからだろう」。そして、「人間は食べる行為を共にすることによって、心を触れ合わすことができる。しかし、最近の日本で個食が増えているのを見ると、共食によって育ててきた人間の心を消失させ、サルの社会に逆戻りしているような錯覚を覚える」とも語っている。

 人間の祖先である猿人が誕生したのは約400万年前。その猿人の300gほどしかなかった脳が1000gの原人に進化した要因は、火を使うことを覚え、肉や魚を料理して、よく噛んで味わうようになったからだ。咀嚼が脳の成長のスイッチングとなったわけだが、この「噛む」という行為も長い歴史の中で大きく変化してきた。歯学博士の齋藤滋氏の調査によれば、1回の食事での咀嚼回数は、弥生時代の3990回に対して現代は620回と6分の1に、食事時間は51分から11分へと5分の1に減っている。

 人間の進化の歴史の中で「噛む」ことが脳を活性化させるという事実を前にしても、主食も副食も、菓子類までもが「やわらかい=おいしい」という物差しで好まれる現代。食材や調理方法が格段に進歩した結果とは言え、平均1300gあるというわれわれの脳にこの食生活が、今後どんな退化現象を引き起こすのか、気がかりではある。

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