コラム


 されど、お茶  No.391
 摘み取って保管していたお茶が、熟成するにつれて独得の甘い香りを増し、おいしくなることを「枯れる」と表現する。晩秋は、枯れたお茶がおいしい季節である。

 10月26日、徳川家康を祀る静岡県の久能山東照宮で「駿府お茶壺道中・口切りの儀」が催された。江戸時代初期、駿府城に居住して地元の本山茶を好んだ家康は、春に摘まれた新茶を壺に蓄えると、標高1000mの気温冷涼な井川大日峠にわざわざ建てた専用の屋敷に運ばせて保管し、熟成して風味が増したこの季節に山から下ろし、茶会を開いた。その茶壺を秋に初めて開封する故事が「口切りの儀」である。

 中国から日本にお茶が伝来したのは奈良時代、聖武天皇の頃といわれるが、広めたのは臨済宗の開祖・栄西(えいさい)禅師で、「喫茶養生記」を著し、喫茶の習慣を奨励した。また栄西禅師と親交があった京都市栂尾・高山寺の明恵(みょうえ)上人が茶の木を育てたのが日本の茶畑の最初。栂尾から宇治へ、やがて全国へとお茶の生産が広がったとされる。

 書道家・篠田桃紅(とうこう)さんがエッセイに綴っている。「今朝、いつものようにお茶を飲んでいる時、居合わせた人にこのごろお茶がおいしいよというと、その人は『では、お茶を替えましょう』といって、最初熱いお茶だったので、今度はお湯をさまし、丁寧に淹れ替えてくれた。湯呑茶碗も替えてあった。こういうことが日々の暮らしの中でなかなか出来ない。何でもないようで難しい」

 「茶は三煎にして味わえ」といわれる。まず芽茶にぬるい湯を掛け、芽茶の「甘さ」を味わう。上手な人が淹れたこの一煎目のお茶の「甘さ」は、「日本茶とは、こんなにも甘い飲み物だったのか」と驚くほど甘い。二煎目はやや熱い湯を掛け、「渋さ」を味わう。ただ、「甘さ」と違って「渋さ」を味わえるようになるまでには、時間が少し掛かる。そして最後の三煎目は熱湯を通し、今度はその「苦さ」を味わう。苦さの中のうまさが分かるほど味覚を磨くまでには、さらに時間が掛かる。

 「甘さ」に始まり、やがて「渋さ」を知り、最後に「苦さ」を覚える――まるで人間の成長過程を映しているようだと、昔の人は例えた。納得する。

 訪問先で出されたお茶の思いがけないうまさに、淹れてくれた女性社員の気立てもさることながら、その会社の確かさを見直したという経験をお持ちの方もいるのではないか。たかが一杯のお茶。されど、企業の質とアイデンティティを物語ることもあるのだ。

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