コラム


 「安福号」が泣いている  No.374
 ブランドとしての格付け要件を満たしていない格下の肉を混ぜておきながら「飛騨牛」として売るよう社員に自ら指示していた不正を、岐阜県養老町の食肉卸小売「丸明」の吉田明一社長は結局、農水省や岐阜県の聞き取り調査に対し認めたそうだ。それならなぜほんの数日前、押しかけたマスコミに「私は知らない」「社員が勝手にやった」などと全面否定したのかと首を傾げる。それも従業員の目の前で。

 北海道苫小牧市「ミートホープ」が外国産牛肉を国産と偽ったり賞味期限切れ冷凍食品の期限を改ざんしていたことが発覚したのは昨年のちょうど6月。まるでその再現ビデオを見ているかのような錯覚を覚えるのは、いかにもワンマン社長らしい対応のお粗末さに加えて、その本社屋前に、「ミートホープ」本社屋上にあったのとそっくりな実物大の牛の像が据えられているのを、ニュース映像で目にするからかも知れない。

 「安福号」という名を持つ、あれは由緒正しい牛なのだそうだ。1981年、岐阜県に落札された兵庫県産・但馬牛の種牛。岐阜県産の和牛はかつて「岐阜牛」と呼ばれていたが、ブランド力をより高めるため、業界と県が一体となって「飛騨牛」を統一ブランドにすることを決め、「安福号」の血統を重んじた厳密な格付け規格に基づいた高級和牛を生産。その後、業界団体のコンクールで優秀賞を何度も獲得するなど、全国的に知られる黒毛和牛の高級銘柄になった。「安福号」はその「飛騨牛」の、死ぬまでに2万7000頭もの子孫を残した、雄牛ではあるけれど「生みの親」なのだ。

 「丸明」が店舗の1つを構える高山市に、ほとんどの家庭が読んでいるといわれるミニコミ紙「高山市民時報」がある。同紙は23日付一面の社会風刺画欄「ドライチャンネル」に、涎をではなくその目に涙を流す「安福号」のイラストを載せるとともに、今回の事件に対する業界関係者の声を伝えた。「冬と並んで焼肉の季節に当たるこの時期だけに、打撃が大きい」「中元シーズンに影響が出ないか不安」と。「丸明」社長も、かつては「飛騨牛」ブランドの確立に取り組む有力メンバーの一人だったのだ。

 一時は観光コースにもなりわざわざ写真を撮る人も少なくなかったという苫小牧「ミートホープ」社の、屋上に設置されていたあの牛の像は先月22日、撤去された。破産手続き中の同社の土地・建物の売却が決まり、「邪魔になった」からだ。

 「安福号」の行く末を、心配する者がまったくいないわけではない。

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