コラム


錯 覚  No.364
 2001年6月23日、今回のオリンピックを招致するためのPRの目玉として北京市が紫禁城広場で開催したのが、オペラの三大テノールと言われるルチアーノ・パバロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスのコンサートだった。「2008年五輪は北京で開くべきだ」というパバロッティのリップサービスが効いたかどうかは分からないが、北京は見事五輪招致に成功した。

 そのパバロッティの最後の公の舞台となった、2006年のトリノ冬季五輪開会式で歌ったアリア「誰も寝てはならぬ」が実は「口パク」だったことが、先日明らかになった。暴露したのは、同開会式でオーケストラの指揮を務めたマジエラ氏だ。彼の著書によれば、パバロッティは開会式前に体調を崩し、本番で声が出なくなることを恐れて事前に録音。当日は録音した歌に合わせて口を動かしただけだったという。

 「口パク」とは読んで字のごとく、実際には声を出さずに口だけをパクパクと動かす様を言うが、先日、この「口パク」の面白い実験を目にした。モニター画面に、口パクで「バ」と発音する人物が映る。その口の動きに合わせて、「ガ」という音声を同時に流す。すると、画面を見ていた人は「ガ」という音ではなく「バ」、もしくは「バ」と「ガ」が合成されて「ダ」に聞こえた。視覚的に見えた「バ」という情報と、聴覚的に聞こえた「ガ」という情報がぶつかり合って脳が錯覚を起こしたのだ。

 この現象は、発見者の名前をとって「マガーク効果」と呼ばれるが、このほかにも脳が錯覚を起こす現象がある。古くから言われるのが「ラバーハンド幻覚」。テーブルの下に自分の手を隠し、代わりにテーブルの上にゴム製の手の模型を置く。しばらくしてそのゴム製の手に触れてみると、まるで模型が自分の手であるかのような感覚に陥る。さらに、このゴム製の手をナイフなどで切りつけようとすると、脳が不安定な反応を起こすことも分かっている。模型を自分の体の一部だと、脳が認識してしまうのだ。

 一見脳の感覚は曖昧に思えるが、この「自分の体の一部」という錯覚のおかげでわれわれは、車をスムーズに運転したり、道具や機械をうまく使いこなせるのであり、むしろ人間の脳は柔軟性に富んでいると言える。

 この柔軟性があるからこそ、人は、他人の感情を理解し、文化や国籍の違う人の心にも寄り添うことができるのだ。オリンピックの精神も、これと同じではないのか。

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