今週のコラム

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緑青 No.241
 「国宝・源氏物語絵巻」展が12月月4日まで、名古屋・徳川美術館で開かれている。

 この「絵巻」は、ご存知・紫式部による長編恋愛小説「源氏物語」を、後に絵画化――いまなら映画化したものと言えようか。12世紀後半の完成までに150年の歳月を要したという。全54帖だったはずだが、長い伝来の間に多くが失われ、現在は徳川美術館、五島美術館のほか諸家に分蔵された、合わせて20帖分を確認するにとどまる。

 細い線を引き、瞳だけをわずかに入れた目と、鉤のように「くの字」型に曲がった鼻の「引目鉤鼻」、屋根を取り払い、屋内の様子を鳥瞰的に覗き込めるように描かれた「吹抜屋台」など特徴ある画法――昔、たしかに教科書で見覚えのある「絵巻」の本物が、ガラス越しの数十センチ先にあった。900年前の「雅の世界」が伝える、穏やかだけれども耽美な、深い感動。時間が許すなら諸兄も味わってみてはいかがだろう。

 当然かなり色褪せている中で、しかし「緑」色が、他の色彩に比べると鮮やかさを保っていることに気付いた。もしやと思いネットで調べ、日本画材店にも聞いてみると、「推察は正しいと思いますよ。緑色の顔料は緑青(ろくしょう)、つまり元々が銅のサビですから、一定以上は経年変化しにくいんです。銅自体の防腐効果もあるでしょうしね」。

 素人のあて推量もたまには当たるものだと一人で鼻を高くしていたら、とんだところでシッペ返しを食らった。ネットを検索中、「緑青」が実は「毒ではない」ことを偶然知ったのだ。ご存知だったろうか。ちなみに周囲に聞いてみると、「猛毒だろ? 子供時代、危険だから絶対に口にするなと教わったよ」と10人中8人が答えた。

 実際、昔の教科書や百科事典にも、間違いなく「緑青は有毒」と書かれていた。それを昭和59年、厚生省が3年間の実験を経て「無害」と発表していたことは、あまり知られていない。「〈猛毒〉は濡れ衣」と当時、マスコミも大きく取り上げたのに。

 「精錬技術が未熟だった時代、たまたま銅鉱石に含まれていて除き切れなかったヒ素などを口にし、中毒症状を起こした例が、何ら検証もされず、科学的根拠がないまま言い伝えられてきたのではないか」と社団法人日本銅センターの広報担当者。

 「事実」を後世に正しく伝え残すことの難しさを、まさか古(いにしえ)の「源氏物語絵巻」をきっかけに知ることになろうとは思わなかった。実は根拠のない情報に囚われ、信じ込んでいる誤解や偏見が、きっとほかにもあるのだろう、私たちの日々の生活にも。

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