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里芋 No.846

今更だが、日本は世界一の長寿国である。WHO(世界保健機構)の2016年統計によると、平均寿命は①日本83.7歳 ②スイス83.4歳 ③シンガポール83.1歳。統計を遡ることができる20年以上前から、日本は「長寿世界一」を守り続けている。

いやいや日本人の長寿は、その程度で収まらない。邪馬台国や女王・卑弥呼が登場する3世紀半ばに書かれた中国の歴史書「魏志倭人伝」には「人々は長寿で、百歳あるいは八十、九十歳まで生きる」との記述が残る。

日本人の長寿の理由の一つが、野菜中心の食生活にあったことは間違いないらしい。「魏志倭人伝」にも「倭の国(日本)は温暖で、冬も夏も生野菜をよく食べる」とある。「人の寿命は食べる野菜の量によって決まる」と言われる通り、長寿国・日本でも一番の長寿県・長野は、他県に比べ野菜の摂取量が多いそうだ(永山久夫著「古代食は長寿食」)。

そんな日本で古くから食べられてきた野菜が、里芋である。

「イモと言えば?」と聞かれると、いまでは「サツマイモ」か「ジャガイモ」を挙げる人が多いが、かつて日本では「イモ」と言えば「里芋」を意味した。里芋が東南アジアからわが国へ伝わったのは、稲の伝来より早い縄文時代の中期。サツマイモやジャガイモが普及したのは、はるか後の江戸時代に入ってからだ。

以来、日本の食卓に乗り続け、ただ一時、サツマイモ、ジャガイモに押されて消費が落ちた里芋だが、最近、健康食品として復活の兆しにあるらしい。

①水分が多く、食物繊維マンナンを含んでいるため、少量でも満腹感を得られてダイエット食に適している ②里芋のデンプンは細かく、加熱によって粘りが出るため、内臓の内壁を守り、消化吸収を助ける ③里芋独得の滑りには粘性物質「ガラクタン」が含まれ、内臓の強化、滋養強壮、免疫力向上、ガンや痴呆、風邪の予防に役立つ、などの理由からだ。

ただ、調理する際に少し厄介なのは、手が痒くなること。茎や球茎に蓚酸カルシウムが含まれており、洗う時にその結晶が壊れて細かな針状になり、肌に刺さって刺激するのだ。酢で指先を濡らしておくと、痒みを予防できる。

里芋は、煮っ転がしや、半分つけたままの皮をツルンと剥いて食べる衣かつぎも美味いし、これからの季節はおでんや正月のおせち料理にも良い …… などという話をしても時季的に違和感がない師走入り。体調に留意しながら、最後まで、もうひと粘りだ。

街に、若者がいない No.847

若者たちの姿が、街から消えつつある。やがて人間は、「動かない」存在になってしまうかも知れない ―― そんな調査結果を相次ぎ目にした。

国土交通省が先月発表した2015年版「全国都市交通特性調査」で示された特徴は、「若者」を代表する、とりわけ20代男性の明らかな「外出離れ」だった。

20代の若者世代が1日に外出する回数は、男性が「平日1.91回、休日1.24回」、女性は「平日2.01回、休日1.61回」だった。これは男女とも、1987年から5年ごとに行われている調査開始以来の最低。とくに休日における外出回数は、女性は30年間で28.8%減だったのに対し、男性は実に46.3%も減っている。

ちなみに、70代男女の外出は休日で平均1.60回。つまり20代男性は70代より外出しなくなっているわけで、「こうした現象は世界的に例が少ない」(国交省)という。 問題は、なぜ若者世代の外出が減ったかだ。国交省が挙げる最大の理由は、ネットやスマホ、そして宅配網が普及した影響である。買い物のためわざわざ外出する必要が減り、友人とのコミュニケーションもゲームによる遊興も、家に居ながらできるから。

ただ、そうしたライフスタイルの変化とは別に、看過しがたい側面があることも調査は指摘している。それは、外出回数を就業形態別に分けると、「正規就業者→非正規就業者→非就業者」の順で外出が減っていることだ。つまり、とくに若者世代では、低収入もしくは収入が不安定であるがゆえに、お金が掛かる外出を控えざるを得ないという悲しい実情が透けて見えてくるのだ。

広告代理店JR東日本企画が9月にまとめた調査でも、若者世代の引きこもり傾向が浮き彫りになっていた。1カ月の外出回数は、高い順に30代49.1回、40~50代45.7回、60代42.1回、70代40.8回だった中、20代は最低の37.3回にとどまる。

みずほ証券マーケットエコノミストの上野泰也氏はその結果から、「テクノロジーの飛躍的な進歩が『移動が当たり前ではない社会』を作り、人と人のコミュニケーションの希薄化、コミュニティ形成の困難さという副作用を生んでいる。行く末が怖い」と指摘する (「日経ビジネスオンライン」10月24日号、要約)。

師走入りしたのに、言われてみると昔ほどみんなが走っているようには見えない妙に静かな歳末風景が、かえって落ち着かなく思える。

黄色いリンゴ No.848

「柿」「大根」「みかん」「梅」「トマト」等々が並ぶ中にリンゴも含まれる。これさえ食べていれば病気にならないとされる、いわゆる「医者いらず」の食べ物のことだ。「1日1個のリンゴで医者いらず」との諺も、英国から世界に広まった。

しかし、「本当だろうか?」と英オックスフォード大の研究者たちが調べた。1日1個リンゴを食べ続けた人と、コレステロール値を下げる薬を飲んでいた人の、心筋梗塞、脳卒中などによる死亡率を比べたのだ。結果は「有意な差はなかった」そうだ。米国研究者による同様の結果も報道されている。う~む、いまさら余計なことを。

「♪ 赤いリンゴに 唇寄せて~」と昭和20年、映画「そよかぜ」で並木路子・霧島昇が挿入歌「リンゴの唄」を歌って以来、日本人に染みついた「リンゴは赤い」という固定観念が、徐々に崩されつつある。松坂屋上野店くだもの売場によれば、数年前に赤リンゴ8×黄リンゴ2だった割合は、現在「赤6×黄4ぐらい」だそうだ。

「黄色いリンゴ」の台頭が、生産農家の高齢化に理由があることは3年前にも触れた。消費者が喜ぶような真っ赤なリンゴを出荷するには、日光が平均に当たるよう不要な葉を摘み、地面に反射シートを敷き、実を日々少しずつ回す作業を欠かせない。高齢者には重労働。その点、黄色い品種は手間をかなり省けて楽なのだそうだ。

リンゴ生産量日本一の青森県弘前市は昨年「りんご産業イノベーション戦略」を策定した。生産者の高齢化や担い手不足が続けば、地場産業の未来は危うい。とりわけ重要な課題である労働力不足については、「労働意欲を高めるような環境整備が必須」とし、例えば「給料制を含め、安心して働ける環境づくりを急ぐこと」を提言している。

そのためには新市場開拓、新商品開発が不可欠で、例えば現在は安価な輸入品が流通の9割を占めているリンゴ果汁において、国産ストレート果汁やリンゴ酒など高付加価値な商品づくり、需要喚起が必要であると提起している。

リンゴ産地に限らず多くの分野、多くの地域で、人口減少やグローバル化の進展に伴い、地場産業の足元が揺らいでいる。その見直しや新しい目標の立案を、資金や人材が足りない地方の「当事者任せ」にすべきではなかろう。

リニア開通で品川―名古屋間は40分になるという。それで社会がどう変わるのか? その前にやることはないのか? 黄色いリンゴを齧りながら、考えるべきだと思う。

北を向く No.849

「今年の漢字」が「北」というのはいかがなものか、と先日も書いた。北朝鮮の動向や九州北(部豪雨、北海道産ジャガイモの不作、北海道日本ハム・大谷翔平選手や競馬キタサンブラックの活躍などを受賞理由に挙げたが、「北」を1位に推した投票は応募総数15万3594票中の7104票。たった4.6%だった実態に照らせば、「今年は該当なし」という選択こそ、不鮮明な昨今の世相を最も的確に映したのではなかったか。

音楽プロデューサー佐藤剛氏はそれを「北方回帰願望」と評したが、日本人は、「北」という漢字が持つ寂しげな情感が、どうやら好きらしい。典型例が、阿久悠作詞・三木たかし作曲による演歌「津軽海峡・冬景色」だ。「♪ 上野発の夜行列車 おりた時から/青森駅は雪の中/北へ帰る人の群れは誰も無口で…」と石川さゆりが歌い始めると、日本人の多くは、雪が舞う寂しげな北国の心象風景の中に瞬間移動し、心を震わせる。

「津軽海峡…」の前には小林旭が歌う「北帰行」があった。日活映画「渡り鳥北へ帰る」(昭和37年)の主題歌。「♪ 窓は夜露に濡れて/都すでに遠のく/北へ帰る旅人ひとり/涙流れてやまず…」 小林独得のハイトーンボイスが、哀愁漂うこの歌に似合った。

この歌には昭和16年に作られた原曲がある。作詞作曲は中国・旅順に設立された旧制旅順高等学校1年生の宇田博。宇田は、女学生と映画を見に行ったり、酒を飲んだり、寮の門限を破るなど校則違反を重ねたため、放校処分になった。そこで父親が住むさらに北方の奉天(現瀋陽市)へ転居しなければならなくなった際、「流離の思い」を込めて作ったこの歌「北帰行」を、寮生たちが開いてくれた送別会で歌った。

その後この歌は、旅順高校の寮歌として後輩らに歌い継がれ、さらに戦後、東京の歌声喫茶などで歌われるなど静かに広まっていったのを、たまたまコロムビアレコードのディレクター馬渕玄三が耳にし、映画「北帰行」の主題歌に使ったのだ。

「北」という漢字は、2人の人が背を向けた姿を象(かたど)り、「人に背を向ける」「逃げる」といった意味を持つ。そこからだろうか、相撲界で「北を向く」は、「変わり者」とか「捻くれ者」を意味する隠語だそうだ。いま話題の渦中にある某親方を「すっかり北を向いてしまった」と評する声があると、業界通とやらがテレビで話していた。

ただ、冬山好きの友人からはこうも聞いたことがある。「遭難した時、正面から抱き合うより、背中合わせで過ごしたほうが暖かいんだよね」 だそうですよ、関係者諸兄。