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腐れ縁も悪くない No.838

あなたには、友人あるいは親友と呼べる人が何人いますか?

内閣府の平成25年度「わが国と諸外国の若者の意識に関する調査」によると、「自分の友人関係に満足しているか?」との設問に「満足・どちらかと言えば満足」と答えた日本の若者は64.1%。フランス79.9%、アメリカ79.7%、ドイツ78.9%、イギリス76.8%、韓国70.2%、スウェーデン69.8%と続く中での7カ国中の最低だった。

悲しいかな、若者世代だけではない。やはり内閣府の27年度「高齢者(60歳以上)の生活と意識に関する国際(4カ国)比較調査」で「家族以外に親しい友人がいるか?」の問い対し、「いない」と答えた日本人は25.9%。スウェーデン8.9%、アメリカ11.9%、ドイツ17.1%に比べて明白な差異を示した。

日本人はなぜ友人が少ないのか? 「律儀な日本人は、他人への配慮や気兼ねの意識が強いためではないか」とニッセイ基礎研究所主任研究員・前田展弘氏。

日本語には「くされ縁」という言葉がある。検索サイト「Google」に英訳させてみると「Inseparable relationship(切っても切れない関係)」だそうだ。うーん、日本語の「くされ縁」が持つ独得の湿っぽさが伝わってこないけれど。

ただ、「くされ縁」の「くされ」は本来「腐れ」ではなく、「鎖」ではないかとの説がある。「断ち切ろうとしても切れない、強い鎖で繋がった絆」の意味というのだ。

小池東京都知事は新党立ち上げ時の記者会見で「しがらみのない政治を作り上げることで国民に希望を届けたい」と声を張り上げた。しかし、精神科医・熊代亨氏は「昔ながらの『腐れ縁』や『しがらみ』も大事ではないか」と、こう説く。

「(現代は)友人関係も夫婦関係も家族関係も、選び合った者同士が契約期間だけ結び付くような性質を強めつつある。その結果、『しがらみ』や『腐れ縁』が当たり前だったかつての社会では滅多に切れなかった人間関係が、いま簡単に切れてしまい、その結果、多くの人が孤立するようになってしまった」

「望ましい自立とは、ギブ・アンド・テイクが成り立つ、ほどほどの相互依存関係。『しがらみ』『腐れ縁』を積み重ねた人間関係によってしか救われない部分が、私たちの心の中に潜んでいるのではないか」(情報サイト「サイボウズ式」寄稿。要約) 人恋しさ増す秋。久しぶりに「腐れ縁」に声を掛け一献傾けるのに、理由は要るまい。

マウスピース No.839

「マウスピース」と聞くと、即「ボクシング」を思い出す。右ストレートのパンチ力は体重70㎏の一般男性で150㎏前後、プロの重量級チャンピオンなら400㎏を超す。その衝撃から歯や顎を護るにはマウスピースを欠かせない。

しかし最近はマウスピースを、ボクシングや集団格闘技のようなアメリカンフットボールやラグビー、アイスホッケーに限らず、バスケットボールや野球、レスリング、スケート、さらには砲丸投げのような陸上競技でも使う選手が増えている。 そればかりかいまは、日本の伝統国技・大相撲でもマウスピースをして土俵に上がる力士がいることを最近になって知ったと白状しては、浅学過ぎるだろうか。

本場所の取組でマウスピースを初めて使ったのは1982(昭和57)年に片男波部屋に入門、1996(平成8)年に引退した最高位が前頭八枚目の玉海力。その後、元横綱・曙や元大関・把瑠都、現役では大関・豪栄道、幕内・豪風、同・貴ノ岩らがマウスピースを着用していることを、ネット検索して知った。どうやら人前では大っぴらに着脱しないことを前提に、着用自体を禁じられているわけではなさそうだ。

いまや幕内力士の1/3が外国出身という相撲界で、「マウスピース着用可」の黙認ルールに違和感を持つほうが時代遅れかもしれないが、その逆パターンもある。ゴルフでは、マウスピースの着用は違反規則「人工の機器と携帯品の異常な使用」に触れ、アウトだ。そうとは知らない尾崎直道が2012年の大会で、飛距離を出すためマウスピースを使ったことをホールアウト後、クラブハウスで話したため、「失格」になった。

しかし、さらに不思議なのはその効果・効用についてだ。マウスピースは脳震盪の防止・軽減や集中力を高める効果があると言われる半面、実はそれを証明する科学的根拠が乏しい。むしろ「マウスピースをしているとケガしにくいという“安心感”が、最大の効果ではないか」との「プラシーボ(偽薬)効果」説がネット上では強いのだ。

さて、以下は余談。例えば、▽歯が浮く ▽歯痒い ▽歯が立たない ▽歯を食いしばる ▽歯の根が合わない ▽歯に衣着せず ▽奥歯に物の挟まったような ▽切歯扼腕 ▽目には目を、歯には歯を …… 等々、改めて思い浮かべると歯にまつわる表現はずいぶん多い。

折りしも衆院選スタート。紆余曲折あった今回ほど、各候補者の、口にはできない「歯ぎしり」が、耳を澄ますと聞こえてきそうな選挙は珍しいのではないか。

「しがらみ」の怖さ No.840

「明日香川 しがらみ渡し 塞かませば ながるる水も のどにかあらまし」(明日香川にしがらみを作って堰き止めたら、水の流れも緩やかになるだろうに) 亡くなった明日香皇女の魂が遠ざかって行く思いを惜しみ、柿本人麿が詠んだ挽歌だ(万葉集)。

「しがらみ」は漢字で「柵」。伊勢神宮へ参る時、五十鈴川を渡る宇治橋の5~6m上流に1列に並んで打ち込まれている8本の杭もその実物だ。上流から流れてきた倒木などが橋脚に衝突して橋を壊すのを防ぐために設けられている。

本来は、大切な何かを守る役割の「しがらみ」が、いつの間にか、纏わりついて束縛する厄介な代物、という意味に変質してしまった理由は定かではない。

いずれにせよ私たちは、社会生活を送る以上、各々が身を置くグループ ―― 家庭や会社、地域、あるいは趣味の集まりにおいてさえ、他のメンバーとの感情や思惑の違い、利害等に配慮し、発言・行動を抑える不自由さを受け入れざるを得ない。

「世の中は、相手を動かす“つながり”と、相手に動かされる“しがらみ”の両方によって成り立っている。その中で“しがらみ”を拒否し“つながり”だけを求める身勝手さは許されない」とコンサルタント会社「フライシュマン・ヒラード・ジャパン」代表・田中愼一氏。「せめて、“しがらみ”をどう最小化し、“つながり”をいかに最大化するかを考えるべきだ」と同社HPのコラムに綴る(要約)

問題は、しがらみをいかに最小化するか、しがらみがもたらす問題点にいかに早く気づくかだ。「しがらみは生活習慣病に似ている」と指摘するのは投資顧問会社「ポラリス・キャピタル・グループ」代表の木村雄治氏だ。「初期段階での小さな弊害を許容していると、徐々に体を蝕み、やがて取り返しのつかない事態を招きかねない」

だから木村氏はまた「しがらみ」の怖さを「象のひも」に喩える。「足にひもを巻かれ、逃げないよう育てられた象は、自分でひもを千切れるほど成長した後も、おとなしく繋がれたままでいる。組織内のしがらみとは、この象を繋いでいるひもではないか」

神戸製鋼の品質検査データ改ざんは、なんと40年以上前から続いていたそうだ。また日産自動車は、新車の無資格検査問題が表面化した後もなお無資格検査を続けていた工場があったことが分かり、全車両の出荷を停止する事態に陥った。それぞれ、組織に蔓延るしがらみを、長年見て見ぬふりしてきた結果だろう。「他山の石」である。

辞書を操る No.841

頻繁に使うわけでもないのに、かつて多くの会社で半ば必須の「備品」として置かれた物の一つが国語辞典。その「広辞苑」(岩波書店)第7版が来年1月発売される。

「広辞苑」は、明治時代に国粋主義的な書籍を扱った出版社・博文館が、1935(昭和10)年に発行した辞書「辞苑」が元。第二次大戦後、その改訂作業を引き継ぐ形で発行元が岩波書店に、書名も「広辞苑」に変わり、1955(昭和30)年に初版が出された。以来ほぼ10年ごとに改訂版が編纂され、今回も2008(平成20)年以来10年ぶりになる。

今回版では、前回の改訂で掲載を見送った項目や、その後収集した約10万項目から振るい落とした1万項目を追加し、合わせて25万項目が収められた。編纂作業には延べ224人の専門家が携わったそうだ。

新たに収められた言葉・項目は当然、時代を映す。今回は「スマホ」「アプリ」「ツイート」「クラウド」などIT関連用語をはじめ、「ごち」(ごちそうになる、ごちそうする) 「ちゃらい」(言動が軽薄) 「がっつり」(たっぷり、思う存分に) 「のりのり」(調子がよく、気分が高揚している)等の若者言葉や、「ブラック企業」「LGBT」(同性愛者など性的マイノリティ) 「婚活」など新しい社会現象に伴う項目が加えられた。

同時に、言葉の使い方や新しい意味が変わったり加わったりするのも時の流れだ。例えば「かわいい」とは本来、①いたわしい、ふびんだ ②愛すべきである、の意味だが、近年は何でもかんでも「可愛い!」を連発する世相を反映し、「広辞苑」も第6版から③ 「小さくて美しい」の意味を加えた。第7版では新たに「盛る」に「おおげさにする」、「やばい」に「のめり込みそうになる」の意味が加わるらしい。

日本語の乱れに呆れる大人世代の溜め息が聞こえてきそうだが、では、以下の言葉は本来こんな意味だと「広辞苑」には載っていることを、ご存知だろうか? 

▽ 「かたわらいたい」 =(「傍らにいて心が痛む」の意から)気の毒である(「片腹痛い」は当て字) ▽ 「さかしい」 =①かしこく、すぐれている ②自分を失わない判断力がある ▽ 「遺体」 =①(「父母ののこした体」の意から)自分の体。(いずれも永江朗著「広辞苑の中の掘り出し日本語」から)

来春発売の新商品を宣伝するつもりは毛頭ないが、辞書をじっくり繰ってみると、思いがけない発見をして得した気分にもなる。25万項目に、挑戦してみてはいかがか?