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モチベーション No.821

初のホールインワンは1994年、小学3年生(9歳)の時だった。2003年、ダンロップ女子オープンで優勝した彼女はプロ宣言し、史上初の女子高校生プロゴルファーが生まれた。2006年から米ツアーに本格参戦。以後、岡本綾子の17勝に次ぐ9勝を挙げ、2010年には男女を通じ日本人で初めて世界ランキング1位になった。その宮里藍が、今シーズンでの引退を表明した。笑顔が昔と変わらず愛くるしい、まだ31歳なのに。

引退を4、5年前から考えるようになり、去年夏には意志を固めていたそうだ。最大の理由は「モチベーションの維持が難しくなったこと」と会見で語った。

「ゴルフは不思議なもので、調子が良いからといって結果が残るものではありません。最後に優勝してから5年くらい時間が経つと、自分が勝っていた時のイメージがどんどん薄れて行き、勝ち方を忘れてしまう」「いままでできていた練習ができなくなったり、トレーニングでも(自分を)追い込めなかったり。自分が求めている理想の形ではなくなっていた。だから、決断しました」 彼女の潔い勇気に拍手したい。

今年4月には女子フィギュアスケートの女王・浅田真央が、やはり引退を発表した。金メダルを期待された2014年ソチ五輪では6位に終わってメダルを逃し、精神的に強いダメージを受けた。1年間休養し氷上に戻ったが、その後の試合で浅田は、自身の最大の武器である高難度のトリプルアクセルを封印して安全策を優先した。しかし、そのことがかえって「自分が望む演技や結果を出せず、自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける気力がなくなった」と引退表明したブログに、辛そうに綴った。

サッカー日本代表・岡崎慎司がインタビューに答えていた。「宮里藍さんや浅田真央さんの引退を見て、改めて思った。アスリートにとって“モチベーション”を持ち続けることがいかに大事で、難しいかと」

カナダの心理学者アルバート・バンデューラは「自己効力感」を持つ重要さを説いた。自己効力感とは、平たく言えば「自分ならできる」とか「自分はツイている」と強く信じることだ。「成功者たちに共通するのは、高い自己効力感を持ち、それが彼らの強力なモチベーションになっていることだ」と。

個人は、自分の中にどうモチベーションを持ち続けられるか。組織は、そのためにどんなサポートができるか。それが各々の成長に大きく関わってくるのだろう。

鏡文字 No.822

昭和期に家庭の飾り棚で見かけた民芸置物のベスト3と言えば、サケを咥えた「木彫りの熊」、首を回すとキイキイ鳴る「こけし人形」、そして「王将」や、成角(なりかく)を表す「馬」の字が彫られた大きな「将棋駒」だろうか。

「熊」や「こけし」は見た目にも工芸品的価値がありそうだが、大きな将棋駒の、威勢のよい「王将」はともかく「馬」には一体どんな意味があるのか? しかも「馬」の場合、「鏡文字」とか「左文字」と呼ばれる通り、字を左右反転して書かれている。

「左馬」と呼ばれるこの置物は、福を招く縁起物の「守り駒」の意味を持つ。「馬」を反転させた「まう」は「舞う」に通じて、おめでたい。また馬は、左側から乗ると倒れないので、鏡文字で書かれた「馬」も安定性がある ―― そんな由来に因る。

5~6歳までの子供は、平仮名の「し」「さ」「ち」「か」などの字で左右が逆になった鏡文字をしばしば書く。大人が真似ると苦労するのに。人間は右脳で感性・感覚を、左脳で言語など論理的情報を処理するが、子供は左脳が未発達なため、イメージとして右脳に伝わった文字を左脳で処理できず、そうした現象が起こりやすいのだとか。

洋の東西を問わない。英語圏の子供たちの場合は「b」と「d」、「p」と「q」で同様の間違いを犯す。そこで世界的玩具店チェーン「TOYSЯUS(トイザらス)」は、「子供たちには親しまれ、大人には目を引くために」と、ロゴの一部にわざと鏡文字を用いた。

しかし、鏡文字は子供たちの売特許ではない。ルネサンス期のイタリアにおいて音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野で顕著な業績を残したレオナルド・ダ・ヴィンチは、1万3000㌻に及ぶノートがすべて鏡文字で書かれている。理由は、幼少期に誰にもかまってもらわなかったため鏡文字を補正されなかったとか、自分を認めない学会にわざと読みにくい鏡文字を使ったなど諸説あるが、判然としない。

京都「北野天満宮」には歴代天皇が奉納した掛軸が数多く残されているが、この中で約300年前に東山天皇が奉納した「南無天満大自在天神」の文字は、「自在天神」の4字と落款だけが鏡文字で書かれている。理由は …… 分からないそうな。

左脳を使い過ぎる現代。鏡文字を書くと左脳の働きを休めて右脳を活性化する効果がある、との説も読んだ。スマホ用「鏡文字アプリ」もある。試してはいかがか。

印象操作 No.823

カナダの心理学者プリナー、チェイクン両博士による実験がある。女性の被験者を部屋に招き、「気が済むまで食べてください」とクラッカーを勧める。その際、同時に部屋に通したのが女性だった場合と男性だった場合を比べると、被験者が食べたクラッカーの枚数は、同性と一緒だった場合のほうが異性と一緒だった場合より常に多かった。

それだけではない。同室者が男性でも、被験者が別に好印象を抱かないようなタイプの男性だった時に食べたクラッカーは平均12.1枚。しかし、被験者が好印象を抱くような男性と一緒だった場合は8.8枚しか口にしなかった。つまり、人は相手に良く思われたいと思った時、無意識に自分の振る舞いをコントロールし、演技する。米国の社会学者アーヴィング・ゴッフマンはそれを「印象操作」と呼んだ。

朝日新聞の7日付コラム「天声人語」は「印象操作という言葉」と題して、書いた。「国政の場で(最近)しきりに『印象操作』という言葉を聞く。目立つのは安倍晋三首相の頻用である」「あえて首相の語法に同調するならば、(いわゆる『出会い系バー通い』をおそらくリークされた前川)前文科省事務次官に対する攻撃こそ、まさに典型的な印象操作と呼ぶべきだろう」 同紙の批判に同感である。

同感だけど、ただし、である。「印象操作」とか「情報操作」などと言って相手を責め立てるのは、これまで民進党や旧民主党など野党が政権・与党に対してさんざん行なってきた手法である。「(海外紛争地の状況は)実際は『戦闘』なのに『衝突』と言い換えて事実を隠蔽するのは印象操作だ」「(一般市民にも影響を及ぼしかねない共謀罪を)テロ等準備罪と言うのは世論の批判をかわそうとする印象操作だ」等々。

政府・与党も野党も、また最近は国会答弁に立つ役人も含めて、「どっちもどっち」だ。しかも、本来は自身を有利に導こうとしてなされる「印象操作」が、国の針路を議論すべき場で、誰かを貶めるために繰り広げられている。そんな姿を見ながら国民が抱いている慙愧の思いを、当事者たちは微塵でも感じているのだろうか。テレビニュースに映る面々を見ながらふと浮かんだある死語が、脳裏から消えない。「鉄面皮」 ……。

委員会審議を省略し参院本会議で中間報告するという奇策を用いてまで「共謀罪」法案を成立させた政府・与党。今国会を早く閉会し、「加計学園」問題へのこれ以上の追及を逃れるためだ。「実に姑息」との「悪印象」は、国民の心の内にしっかりと残った。

アウフヘーベン No.824

それにしても小池百合子東京都知事は、なぜこうも外来語を多用するのだろう。キャッチフレーズの「都民ファースト(都民第一)」はまだしも、「ダイバシティ(多様性)」「スマートシティ(環境配慮型都市)」「リデュース(削減)」「ホイッスルブロワ―(内部通報者)」「アンシャンレジューム(旧体制)」「ワイズスペンディング(賢い支出)」「サスティナブル(持続可能な)」「アカウンタビリティ(説明責任)」「ウィズドロー(撤退)」 …… もう充分に食傷気味なのに、最近またドイツ語の「アウフヘーベン」が加わった。

「アウフヘーベン」は小池知事が「文芸春秋」7月号に寄せた寄稿の中に登場した。要約すれば「豊洲市場へ移転するか、築地市場を改修するか、議論は百花繚乱の様相を呈しているが、ここはアウフヘーベンすることだ」と。

かつて学生運動・安保闘争・ベトナム戦争が社会の関心事だった1965~1972年に大学生だった全共闘世代には、「アウフヘーベン」の言葉が耳懐かしく蘇る方もいらっしゃろう。ドイツの哲学者ヘーゲルが掲げた基本概念で、「2つの問題が起きた時、片方だけを犠牲にして問題を解決するのではなく、いったん立ち止まって、それを否定しながらも双方の折り合いをつけ、より高次元の解決方法を見出す」という意味合いになろうか。日本語ではやはり難解な「止揚」という言葉で訳される。

小池知事は20日、臨時記者会見を開き、「豊洲市場問題」について、「市場は豊洲に移転させるが、築地の跡地は売却せず、5年後をめどに再開発する。旧築地には市場機能も持たせ、将来は両者を併存させることを視野に検討する」と発表し、先の寄稿で“チラ見せ”した「アウフヘーベン」的解決案の正体を明らかにした。「現在の築地を復活させる『再整備』ではなく『再開発』という表現にしたのがポイント」(知事側近)だそうだが、都民・国民には「再整備」と「再開発」の違いがまた「?」だ。

ともあれ小池知事が、豊洲問題に対する考え方をやっと明らかにしたのは、東京都議選の23日告示を前に、「決められない知事」との批判をかわすためであることは誰もが分かっている。安倍首相が先の国会で「加計問題」等への追及を避けるため、会期延長を徹底的に避ける方法をとったのと根っこは同じと思われて仕方あるまい。

結局は自民党を離党した小池知事だが、日本の政治家の体質はやはり同じなのかと思うと、今週から本番と言われる梅雨空を仰ぐように、気が重くなる。

ツルツルツルッ No.825

今月上旬の「宣言」後、それらしい気配がツユともしなかった梅雨が、今週から本格化している。そして、「梅雨が明ければ、今年の夏は暑くなる」(気象庁)そうだ。

今年も埼玉・熊谷、群馬・館林、岐阜・多治見など各市が「猛暑日本一」を争うのだろうか。そう考えただけで食欲が衰え、喉越しのよい「そうめん」が恋しくなる ―― というそうめんのトップブランドは、40%近いシェアを占める「揖保乃糸」だ。

しかし「揖保乃糸」は、例えば「揖保乃糸株式会社」のような1社で作っている商品ではなく、兵庫県手延素麺協同組合加盟の現在435組合員が、原料の品質や製造方法など守って生産している「統一ブランド」であることは案外知られていない。

奈良時代に遣唐使によって大陸から伝えられた当時のそうめんは、練ったものを縄状に縒り合わせた「麦縄」と呼ばれていた。その後、麺に油をつけて延ばす技術が伝えられた鎌倉時代から細長い麺になり、室町時代にほぼ現在の形になった。

中でもそうめん作りが兵庫県南西部の揖保川流域で発達したのは、①周辺の伏流水はカルシウム分が少なく、そうめんに向いている ②流域の肥沃な農地が小麦生産に適していた ③そうめん生産に欠かせない塩が揖保川河口の赤穂にあった ④製造期間中の冬場に雨が少なく、天日干しに好都合だった、等々の条件が重なっていたからだ。

そうめん作りに冬場の天日干しは大事だが、同時に高温多湿な梅雨も、小麦粉中の酵素の働きで脂質が変化し、そうめんのコシや舌触りに影響を及ぼすため、大切な要素。そこで「揖保乃糸」では、「特級(黒帯)」「上級(赤帯)」「縒つむぎ(紫帯)」の等級とは別に、10~4月の生産シーズンを経てその年に市場に出たものを「新(しん)物」、倉庫に1年間寝かせ梅雨を2回経て熟成させたものを「古(ひね)物」、梅雨を3回経てさらに熟成させたものを「大古(おおひね)物」として市場に出し、差別化を図っている。

いずれにせよ食が進みにくいこれからの季節、そうめんは絶好の夏メニューだが、ただし、気を付けたほうがよい点もある。①そうめん1人前のカロリーは約360kcalで、米飯2杯分近い ②しかも塩分を含んでいて食欲を増進させるうえ、噛まずに食べられ満腹中枢が刺激されにくいため、思いのほか食べ過ぎる ③冷たくて水分が多いため血液循環が悪く、代謝も落ちて痩せにくい体質になりやすい ―― からだ。 と言われても、あの爽やかな「ツルツル」感はやはり、我慢できそうにありませんな。