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桜 No.814

出勤途中に車を停め、30分ほど歩くことを日課にしている公園の、桜が咲き始めた。カメラを向けていると、「きれいですね」。振り向くと、年配の男性がやはり見上げていた。「ですね。満開は数日後ですかね」「たぶん。でも …… 最近のソメイヨシノって、花の色が少し白っぽくありません?」「そ、そうですよね、やっぱり!」 実は数年前から密かに思っていたことを初めて自分より先に口にされ、つい声が上ずった。

ソメイヨシノの樹勢の衰えが近年話題になっている。花が白っぽく薄れてきたのもそのせいではないかと疑い、市内の植物園に電話した。「いえ、そんな報告はありません。私もそう思いませんし」と返してきた20代らしき女性担当者の答えを、しかし筆者は信じない。だって、もう半世紀以上も前、小中学校の校庭を囲んで咲いていたソメイヨシノは、間違いなくもっと「桜色」だったもん。若者の経験不足はやむを得ないから咎めはしないが、年配者の記憶も、もう少しちゃんと受け止めてほしい。

「サクラ天狗巣病」という、カビの一種が原因で、罹ると花芽が付かず、天狗の巣のような、葉ばかりがこんもり茂る枝になり、さらに放置すると木全体が枯死してしまう病気が、全国的にソメイヨシノに広まっている。

その蔓延がほとんどソメイヨシノに限られるのは、ソメイヨシノは江戸時代にエドヒガンザクラとオオシマザクラを交配して作った人工種を、接ぎ木、接ぎ木によって殖やしてきた、植物としてはひ弱さを否めないクローン品種だかららしい。壮年期は樹齢30~40年。いま全国的に多くなってきた同60年過ぎになると、抵抗力が衰え、病気に罹りやすくなっている点は人間と同じらしい。

このため、昨年50万人余が訪れた皇居乾通りの桜並木は、今春は一般開放が中止され、ソメイヨシノに代わる品種ジンダイアケボノ(神代曙)などへの植え替えが進められている。ジンダイアケボノの開花時期はソメイヨシノとほぼ同じだが、花は赤みが少し強いとか。年配者の瞼に残る「桜色」が復活するということだろうか。

「花見客のマナーの悪さは木に悪影響を及ぼす。焼肉やバーベキューの煙は木を弱め、ゴミの放置は雑菌の繁殖をもたらすなど、桜を弱らせるに十分な行為である。あまつさえ、枝を折ったり切り取ったりするのは問題外」(ネット百科「ウィキペディア」)

さまざまな 事思ひ出す 桜かな(芭蕉)  人も花も、年配者には優しくありたい。

桜餅 No.815

あなたは長命寺派? それとも道明寺派?―― 甘党ならご存知の、桜餅の話だ。

桜餅には、発祥が関東か関西かで分かれる2タイプがある。関東風の前者は、餡を小麦粉などの生地を焼いた皮でクレープ状に包み、さらに塩漬けした桜の葉で巻いたもの。享保2(1717)年、桜の落葉掃除に悩まされていた東京・墨田の長命寺の門番が、葉を塩漬けにして餅に巻くことを思い立って売り出したところ、人気を得たのが始まりとされる。正岡子規が明治21(1888)年に 「花の香を 若葉にこめてかぐはしき 桜の餅(もちひ) 家づと(=みやげ)にせよ」と詠んだその老舗菓子屋「山本や」は、現在も営業中だ。

他方、関西風の桜餅は、もち米を蒸して乾燥させた通称・道明寺粉を、再び蒸して戻した皮で餡を包み、それに塩漬けした桜の葉を巻く饅頭タイプ。つぶつぶ感が残っているのが特徴である。道明寺粉自体は1000年以上も前、大阪・藤井寺の尼寺・道明寺で考案されたが、桜餅に使われ一般に売られ始めたのは明治以降とされる。

いずれにせよ、桜餅に用いられる桜の葉は、関東ではやや大きめ、関西では小さめとサイズに違いはあるものの、いずれも「オオシマザクラ」の若木の葉に限られる。柔らかく、葉の表面の毛が少ないからだそうで、しかも、全国で年間4億枚以上使われる塩漬け用の桜葉は、伊豆・松崎町産が70%以上のシェアを占める。

だからと言って、「オオシマザクラ」の葉にいくら鼻を近づけ、嗅いでみたところで、あの特有の香りはしない。あの芳香は、葉を破ったり塩漬けや干したりして細胞を死なせた時、酵素の加水分解反応など化学反応によって初めて生成される「クマリン」と呼ばれる成分が源になっているからだ。

しかも「クマリン」は、桜餅と一緒に何枚か食べる程度では全く問題ないが、肝毒性や腎毒性を有するため、過量に摂取するのは控えたほうがよいらしい。ちなみに、よく観察すると桜の木の下に草があまり生えていないのは、落葉で生成され雨水で地中に沁み込んだ「クマリン」が、周囲の植物の成長を阻害するからだそうだ。

また「クマリン」がブラックライトに蛍光反応を示す性質を利用し、軽油に灯油や重油を混ぜて売る「軽油取引税」脱税を防ぐため、重油・灯油に添加されている ―― 等々、桜餅が好きな甘党には知らなくてもよい無粋な話まで、してしまったろうか。

もしかすると人間、知識もほどほどに留めておくのが一番幸せなのかも知れない。

代書屋 No.816

「春苦み、夏は酢の物、秋辛み、冬は油と心して食え」。 築50年は経ちそうな日本家屋の台所の壁の、セロテープで止められた黄ばんだ貼り紙に、そう墨書されていた。

春のフキノトウや菜の花は少し苦いけど、冬に溜まった脂肪分を排泄してくれるから食べたほうがよい。夏はさっぱりした酢の物が食欲を誘う。秋はサンマに添えられた大根おろしのような辛みが食欲を増す。冬は寒さに耐えるため脂分を摂るべし ―― 栄養学がまだ確立されていなかった明治時代に、自然食を食べる「食養」の大切さをいち早く説いた医師・石塚左玄の言葉だと、後から調べて知った。

NHK総合テレビで先週14日から始まったドラマ「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~」(金曜日夜10時~)での一シーンだった。たまたま見聞きした番組の中で意想外な情報や知識に出会うと得した気分になって嬉しいものだが、その意味でこのドラマは、これからもいろんな「へぇ~」や「そうなんだぁ」など、ドラマの本筋とは別の満足を感じさせてくれるかも知れない期待を抱かせた。

原作は、デビュー作「食堂かたつむり」がヒットした小川糸の、2017年「本屋大賞」4位にもなった「ツバキ文具店」。幼いころ母に捨てられ、代わって育ててくれた祖母が亡くなったため、8年ぶりに故郷・鎌倉へ戻ってきた主人公が、祖母が文房具店の傍ら長年続けてきた「代書屋」の仕事を引き継ぐことにした話だ。

連絡のほとんどをメール、SNS、FAXで済ませる現代。手紙を、しかも他人に書いてもらう「代書屋」を登場させた舞台設定が、そもそも時代錯誤も甚だしい。しかし、時代錯誤だからこそ強烈で新鮮な驚きやさまざまな思いを、読者や視聴者に伝える。

例えば、第1回で主人公が引き受けた代書の仕事は、子供同然に飼っていた猿を亡くした夫婦へのお悔やみ状だった。不祝儀の手紙は、薄い墨で書くことは誰でも知っている。でも、ではなぜ墨を薄く磨るのか? それは、悲しみのあまり涙が硯に落ち、墨を薄めてしまったという送り手の“思い”を、その文字に込めるからだ。あるいは、そうしたお悔やみ状を書くために硯で墨を磨る際は、普段とは逆に「左回り」で磨ることになっている決まり事の基本を、果たしていま日本人の何割が知っているだろうか。

ドラマは全8回。これからの展開の中で何をまた教えられるかが楽しみなので、原作本を早速買い求めたが、5分の1ほど読んだところで、あえて閉じたままにしている。

笑っていられない No.817

「失言とは、政治家が“本音”を語ることである」 ―― 米国のコラムニスト、マイケル・キンズリーの言葉だ。「まったくその通りだよなぁ」と、首をうなだれて聞くしかない日本という国の状況が残念でならない。

事実上更迭された今村雅弘・前復興大臣の発言は、耳を疑うほど非常識だった。「マグニチュード9.0と日本の観測史上最大。死者・行方不明計1万8478人。一瞬にして命が失われた。社会資本等の毀損も、いろんな勘定の仕方はあるが25兆円とも言われる」 そして、こう続けたのだ。「(しかし)これがまだ東北だったから良かった。これが(もっと)首都圏に近かったりすると、莫大・甚大な被害があった」(一部要約)

誤解を恐れずに言えば、彼はとても素直で率直な人なのだと思う。同様の思いを頭に描いた日本人は、決して少なくなかろう。それでも今村氏の発言が厳しく問われるのは、世の中にはその性質や事柄上、立場上、言ってよいこととならないことがあるという常識や、まして国務大臣に求められる緻密で俊敏な状況判断能力、すなわち「適性」が彼にはないことが、このひと言で分かってしまったからだ。

国務大臣や政務官など安倍首相を補佐しながら国をリードすべき立場の人々の、あまりにも低次元な失態が最近続き過ぎる。豪雨被災地での「おんぶ視察」で笑い者になった務台俊介・前復興大臣政務官の「(私のおかげで)長靴業界はもうかっただろう」発言とか、「重婚」スキャンダルで失脚した中川俊直・前経済産業大臣政務官とか。

「自民党一強政治に起因する気の緩み・驕り」と指摘する声が多い。しかし本当にその程度で済む話なのか。自民党に限らず与野党を含め「政治家」を“家業”として引き継ぎ、幼少時から特権社会の中で育ってきた世襲議員が増えた結果、市民としての視点・感覚で問題や状況を見ることができない人々が、いま国政の中心部に多く居るようになった状況に、根本的な問題がある気がしてならない。ただし、そういう状況が生まれることを結果的に許してきたのは、ほかならぬ、私たち選挙民一人一人だ。

落語家・立川談修が自身の25日付ツイッターに書き込んでいた。「師匠談志がつねづね言っていた。『国会議員はあなたがたの代表なんだ、頭のいいはずがねえだろう』『国会は国民のためにあるんじゃない。国会議員のためにあるものなんだ』って」

そう言われて、私たちも笑って聞いてはいられませんよね、もう。