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目は心の窓 No.809

口・鼻・耳・眉・頬・顎・舌・歯など人間の顔にあるパーツの中で、例えば「減らず口を叩く」「鼻であしらう」「眉に唾をつける」のように、感情を表現するのに最も多く使われる部位は、実は「目」なのだそうだ。手軽なネット辞書で調べた限りでは、「目」が使われる表現は196で、2位の「口」の114を大きく上回った。「目は口ほどにものを言う」と言われる所以は、そんなところにもあるのだろうか。

人間が他の動物と大きく異なる特徴の1つが「目」であることを、先日のテレビ番組で知った。ご存知だったろうか、人間は「白目」がある唯一の動物であることを。

正確に言えば猿や犬、猫などにも、「強膜」と呼ばれる白目部分が、ないわけではない。ただ、人間以外の動物は、黒目が眼球の大部分を占めていたり、強膜の色が、例えば茶褐色など自分の体毛とずいぶん似ているため、他からは白目部分が判りにくくなっているのだ。それには、以下のような理由がある。

白目があると、どういう問題が起きるか。他者に黒目の位置や動き、つまり「視線」を読まれ、自分が何を見ているのか、何に関心を向けているかを知られてしまう。敵に遭遇した際、その存在に気付いているか否かとか、これからどの方向へ逃げようとしているか等々の重要情報を相手に悟られないためには、白目の強膜で眼球を護ることより、視線を隠す大きな黒目で視野を広くしておくほうが大事だからだ。

時には突然変異によって、白目のある、見た目には人間ぽくて可愛いチンパンジーが生まれることがある。しかし、そのほとんどは幼くして淘汰されてしまうそうだ。

それに対し人間にハッキリした白目があるのは、知能が発達し、道具を使って狩りをするようになった結果、視線の動きをあえて隠す必要がなくなったからだ。それよりも、集団で狩りをする際など、声で連係プレイの合図をすると獲物にも聞かれ逃げられてしまうが、白目の動き=目配せなら相手に気付かれない ―― すなわち「アイコンタクト」という視線コミュニケーションのほうが大事な意味を持つからだ。

人間は、白目を活かしたアイコンタクトや、時には「ノールックパス」のような高度な連携プレイまで身に付けた。ただし、その基本は双方が視線を交わし合える距離にいることだ。だから「目は心の窓」。SNSのやりとりだけでは、相手の本当の心を読み取れないし、伝えにくくもあろう。非婚者が増えている一因は、そこにもないか。

コウノトリが運んできたもの No.810

いまは特別天然記念物の「コウノトリ」だが、江戸時代には一年を通しほぼ全国各地で見かける留鳥で、ごく普通の野鳥だった。

普通どころかやや増え過ぎて「糞害」が嫌われたため、明治期以降は乱獲や営巣木が伐採されて生息環境が徐々に悪化。太平洋戦争中は食用に供されたり、戦後は農薬の利用が急速に広まるに伴い、完全肉食の彼らが餌とする田んぼの小動物が駆除されたことなどが影響し、生息数の減少に拍車をかけた。

このため1956(昭和31)年には野生コウノトリの生息数が20羽にまで減少。そこで国は同年、特別天然記念物に指定し、本格的な保護活動が始まった。とりわけ野生種の最後の営巣地になった兵庫県豊岡市では、生息数が12羽まで減った1965(同40)年に、その内の一番(ひとつがい)を捕獲、人工飼育に乗り出した。

でも、対策が遅すぎた。それまで体内に取り込んで蓄積した農薬の影響か、繁殖力が弱まっていて人工繁殖に失敗。1986(同61)年には飼育していた最後の個体も死に、野生種のコウノトリは日本の空から姿を消した。それが、現在は ――。

1989(平成元60)年、ソ連から贈られた6羽の幼鳥の人工飼育→繁殖に成功。以後、毎年ヒナが生まれ、2005(同17)年からはそうして増やした成鳥を自然界に放す野生復帰に成功。昨年6月時点では100羽近くが豊岡市周辺に生息するまでに回復している。

取り戻すことに成功したのは、コウノトリだけではなかった。先述の通りコウノトリが野生の姿で生きるためには、彼らが餌とするカエルやドジョウが棲むエサ場を整える必要があった。

そこで豊岡市では農家と話し合い、無農薬による米作りに取り組んだ。用水路をコンクリートで固めることをやめて土に戻し、小動物が生息できる環境づくりに努めた。その結果、いま何が起きているか?

コウノトリが棲むほど優しい環境で育てられた点が注目され、豊岡産の米が「コウノトリ育むお米」の商標名で人気を得、売れている。他産地米の倍近い価格なのに。

高級品を意図して作り上げことが「ブランド化」ではない。生産者はじめ地域全体の地道な努力が基本であることを、この「コウノトリ物語」は教える。そう、大事に大事に育てれば、彼らが大切な「赤ちゃん」を運んできてくれるというウワサは本当だったのだ。

「フルカウント」 No.811

さほど見もしないNHKに高額の受信料を払うのは腹立たしいが、こういう番組を作るなら、ある程度はやむを得ないかと腹の虫をなだめる。BS1で土曜日午後11時から放送の「球辞苑~プロ野球が100倍楽しくなるキーワードたち」である。

例えば「流し打ち」「アンダースロー」「リード」「ファウル」 ―― 番組ではプロ野球では日常茶飯事の“ある場面”に毎回焦点を合わせ、緻密なデータ分析と、現役選手やOB、審判などへの取材から、その背後に潜む「プロの神髄」に迫る。2014年に日本プロ野球80周年記念として放送された特番が、2015年から不定期番組に、2016年度からレギュラー番組化されたのは、視聴率の地道な上昇が後押ししたに違いあるまい。

先週11日放送のテーマは「フルカウント」。昨季の全試合を対象に、「フルカウント」になった場面から興味深いデータを取り出していた。

例えば「フルカウントでの打率ランキング」トップ3は、1、茂木栄五郎(楽).459 2、川端慎吾(ヤ).394 3、堂上直倫(中).375。昨季がルーキーイヤーだった茂木は、自分が「フルカウントでの打率一位」だったことを知らなかった。「ただ、自分は左打者ですから、転がせば何かが起こるかも知れない。だから、簡単にアウトになってはいけないという気持ちで打席に立っているのはたしかです」と。

「フルカウントになっても四球を出さない投手」では、1、牧田和久(西)被出塁率.258 2、今村猛(広)同.303 3、秋吉亮(ヤ)同.324がトップ3。開催中のWBC12日オランダ戦で、タイブレーク方式になった緊張の11回裏、独得の下手投げで抑えた牧田の「軟投の妙技」は、シーズン中の実績に支えられていたのだ。ただし、牧田は番組でこう口にした。「フルカウントは不本意。自分の理想は、27球で試合を終えることですから」

前中日監督・谷繁元信(捕手)は言う。「昔は打席で配球をじっくり見極める打者が多かったが、最近はフルカウントになる前に、と言うより最初から打ちに行く打者が増えた気がする。もしかするとイチローが影響を与えているのかも知れない。でもイチローは、初球はほとんど見送ってタイミングを計っており、積極的に振っていくのは2球目以降。決して単なる早打ちではない」 打者気質も、時代と共に変わる。

追い込んだり、追い込まれたり ―― ビジネス社会でもさまざまな経緯で迎えた「フルカウント」と日々対峙する私たち。求められるのはやはり、動じない心を鍛えることか。

雪割草 No.812

暑さ寒さも彼岸まで ―― のはずなのに、今年は「春分」を過ぎてなお春と冬の境目を行きつ戻りつ。でも、3連休中に立ち寄った園芸店で、小さな鉢の中、赤紫色の可憐な花を咲かせている“雪国の妖精”「雪割草」を見つけ、心が少し春めいた。

新潟県長岡市「国営越後橋梁公園」ではすでに3月11日から4月2日まで、また新潟県柏崎市「雪割草の里」や石川県輪島市・門前町総持寺通りでは今週末25・26日に毎年恒例の「雪割草まつり」が開かれる。

ただ、カタカナ表記の「ユキワリソウ」と、漢字表記の「雪割草」とは、厳密に言えば別物らしい。「ユキワリソウ」は「サクラソウ科ユキワリソウ」を植物学上の標準和名とする、海抜1500~2500mに生育する亜高山植物の貴重品種。対して「雪割草」は、いずれもキンポウゲ科だが本州中部~四国・九州に多くみられる「ミスミソウ(三角草)」、秋田~石川の日本海側に多い「オオミスミソウ(大三角草)」、東北~関東の太平洋岸側に分布する「スハマソウ(州浜草)」、本州中部以西・四国に多い「ケスハマソウ(毛州浜草)」の4種を総称する「園芸品種名」だとか。

いずれにせよ雪割草は、花(と言っても、花のように見えるのは本来花弁を包む萼(がく)で、花弁はないのだが)の付き方・咲き方が、一重や二重、三重、さらには千重(せんえ)と呼ばれるほど重なったものがあるなどバラエティに富むほか、花弁に見える萼の色も白、赤、紫といった単色以外にも縁取りや網目、縞模様などが入ったものがあり、さらに葉も形が微妙に異なっていたりする。しかも、そうした多様さが、品種改良だけでなく自然界でも多彩な変化を見せる植物である点に、大きな特徴があるとされる。

買い求めて帰った鉢植えを机に置き、眺めながら「雪割草の育て方」をネット検索した。▽可憐な花姿に似合わず生命力の強い植物なので、やや大きめの鉢なら数年植え替えしなくても大丈夫 ▽新しい根がすぐ生えて来るし、古い根を残し過ぎると根詰まりするので、思い切って処理してよい ▽大株になると風通しが悪くなり一気に腐ることがあるので、適宜株分けする ▽水やりは土が乾いてからたっぷりと。やり過ぎより抑え気味のほうが、むしろ根の成長や花付きはよい ―― 読みながら、思っていた。草花の育て方って、人の育て方に通じる点が何と多いのかと。

よきことは いつか来るもの 雪割草(鈴木伊都子) そんな春の訪れであってほしい。

壁を越える No.813

サウジアラビアのサルマン国王が先々週、来日した。サウジ国王の訪日が46年ぶりとは、意外だった。実はお忍びで何度かお越しになっていそうに思っていたのに。

いずれにせよ、スケールが、さすがに違う。今回の訪日団は王族や閣僚、随行員合わせて1000人超。10機のチャーター便で来日し、都内の高級ホテル1000室以上に泊まり、移動用ハイヤーは500台に及んだ。何より、国王が特別機から乗り降りする時のためだけに「エスカレータ付き特注タラップ」を別便で運んできたという話に驚く。

というので、来日前にはオイルマネーの「サウジ特需」を期待する向きも多かった。ところが、実際は「数人単位での来店はあったが、団体による爆買いはなかった」と、肩透かしを食った秋葉原の家電量販店長が残念そうに話していたのが気の毒に見えた。

そんな中、「王族ご一行様は、こんな物を買ってお帰りになりましたよ」と取り上げられ、その意外性が話題になったのが奄美大島の特産「大島紬」だ。ただし、日本の伝統衣装の「きもの」を、お土産として買って帰られたわけではない。

ご存知の通りイスラム教には、女性は家族以外の男性の前で肌を見せたり、体のラインが分かるような服装をしてはならない戒律がある。そのため女性が外出時に必ず身に纏うのが、あの真黒なマントのように見える衣装「アバヤ」だ。

「アバヤ」には頭から被るタイプと前を合わせて着るタイプがあるが、黒地でさえあれば素材や織り方、刺繍や刺繍糸の色も自由。価格はピンキリだが多くはオーダーメイドで、許された範囲での個性=ファッションを愉しむのだという。

その際、違いが最も微妙であるのに、実は違いが最もよく分かるとされるのが「黒」という色の発色。世界に多くの「黒」がある中、大島紬の、木の幹から作った染料と田んぼの泥を合わせる独得の「泥染め」で染めた気品と光沢のある「高貴な黒」の存在と価値を、なぜか知ったサウジの彼らが目を向け、買い求めたらしい。

高価な大島紬を、彼の国では4人まで持つことができる妻など家族に買って帰ることができる者は、さほど多くないかも知れない。しかし、問題はそこではあるまい。

時代に応えられなくなって廃れたり、庶民には手が届かない工芸品に押し上げられ、取り残される日本の産品は多い。そうしないために、せっかくの技術を、新たなニーズを探り壁を越えて活かす途は本当にないのか ―― 諦めず探し続けたい。