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短日処理 No.797

いま花屋の店先や多くの商店のウインドーには、真っ赤に色づいた鉢植えの「猩猩木(しょうじょうぼく)」が飾られている。「猩猩」は、酒好きでいつも赤ら顔の空想上の生き物。クリスマスフラワーの「ポインセチア」は、標準和名としてそう名付けられている。

しかし、「クリスマスフラワー」と書いた9文字中に、間違いが2つもある。第1に、ポインセチアは、必ずしもクリスマスが見頃の花ではない。メキシコ原産のこの植物の本来の開花期は12~2月。第2に、私たちが鑑賞しているポインセチアの真っ赤な部分は花ではなく、茎の頂上にある、黄緑色の小さな粒状の花や花序を包む「苞(ほう)」と呼ばれる「葉」である。受粉に虫が必要だから、葉を赤くして誘き寄せているのだ。

それなのに、普通の葉と色付いた葉の、緑と赤の組み合わせがクリスマスカラーそのものというので、葉を赤くする時期を人間が強引に調整しているのだ。

葉を赤くするには、まず花を咲かせる必要がある。そこで栽培業者や園芸店が行なっているのが、「昼」の時間がどれだけ短くなったかを読み取って花を咲かせるポインセチアの性質を利用した「短日処理」である。夕方から翌朝までは光を完全に遮断した真っ暗な環境に置き、昼間は光に当てるが夕方から再び真っ暗にする ―― という同じ作業を約2カ月、毎日根気よく続けることで季節の移行を勘違いさせているのだ。

だから、今年買った鉢植えのポインセチアを来年も楽しもうとするなら、かなりの努力を要する。乾燥が苦手な植物だから暖房なしの部屋に置き、秋には電灯の光が当たらないようにし、また、鉢をあちこち移動するとストレスで葉が落ちるため、できるだけ同じ場所で育て続ける ―― そんなキメ細かな面倒見があらばこそなのだ。

植物の成長は、気温や土壌の性質などもさることながら、日照時間 ―― と言っても主に暗い時間の長さに影響される。それを「光周性」と呼ぶが、光周性に伴う植物の反応は想像以上に敏感で、イネやシソは15分間の違いさえ識別できるとされる。

さて人間はどうなのか? 秋から冬にかけて気分や食欲の落ち込み、睡眠不足を訴える「冬季うつ」と呼ばれる症状が最近増えている。

「夜遅くまで部屋を明るくして暮らす現代生活が、本来の光周性と異なることに因る季節性障害を招いているのかも知れない」と国立精神・神経医療研究センターの三島和夫部長。「人間こそ短日処理で夜を取り戻したほうがよいのではないか」(神戸松蔭女子大学、郡司隆男教授)との言葉に頷く。

ツリーと門松 No.798

日本って、いったいどういう国なんだろうと首を傾げたくなる。だってこの時期、共に新年を迎える慶びを象徴する西洋のクリスマスツリーと、日本古来の門松の、どちらを目にする機会が多いかと街を見回せば、それはもう圧倒的に、異文化に根ざすクリスマスツリーのほうだからだ。

クリスマスツリーのてっぺんに、イギリスのように「天使」を置く国も一部あるが、多くは「星」が飾られる。それが「ベツレヘムの星」であることを、イブの夜に浮かれる何人の日本人が知っているだろうか。この日、聖地ベツレヘムで救世主イエス・キリストが降誕したことを知らせるため、ひと際輝く星を掲げたのだ。ツリーに樅や樫などの常緑樹を使うのは、厳しい冬でも緑を保つ強い生命力を表す。

ツリーを飾る定番のオーナメントにも当然、意味がある。ベルはキリストの誕生を知らせる喜びの鐘。当初は赤色だけだった玉は、エデンの園に実る「知識の木の実」のリンゴ。ステッキは、羊飼い(=神様)が、迷える羊たち(=人間)を導くための杖だ。

1419年にドイツでパン職人が集まり、教会に飾ったのがクリスマスツリーの起源で、1746年にアメリカに伝わり、日本には1860年にドイツの前身プロイセン王国の使節が東京・芝の公館に置いたのが最初とされる。

他方、日本で門松が飾られるようになったのは平安時代。年神様を家に迎える「依り代」(=神霊が依りつく対象)にした。やはり常緑の松が選ばれたのは神様が宿り、また「祀る」に通じるから。小松を引き抜いて飾り、不老長寿と一族の繁栄を祈る風習が始まったとされる。“松飾り”としてのルーツは、クリスマスツリーより古いのだ。

正月を迎える準備は「事始め」と言われ、関東では12月8日、関西では13日から始まり、28日までに終えることとされている。しかし街では、クリスマスが終わらないと門松に取り掛かられない優先順位が、旧世代日本人としては何となくシャクだ。

と思っていたら「高さ5mの門松、今年も登場」との地方紙ニュースを数日前に見た。久留米市・石橋文化センターでは30数年前から、門松を12月早々に立てているそうだ。それはそれでまた「少し早過ぎませんか?」と理由を訊くと、「実は…某国営放送から、師走入りする1日にやってほしいと要請されていまして…」と担当者。

季節ネタ欲しさに日本の伝統文化まで歪める国営放送の見識にも、がっかりだ。

「いきものがかり」 No.799

吉永小百合が初めて出場した昭和37年は80.4%だった。北島三郎が初出場した38年は81.4%。さらに都はるみが引退の舞台にした59年の78.1%まで、「NHK紅白歌合戦」は70~80%の視聴率をほぼ維持していた。それが、昨年は39.2%。

細川たかしの自主“卒業”や和田アキ子の落選などが話題になった今年の出場者の中に、男性2人女性1人のユニット「いきものがかり」がいる。今年で9年連続。「ありがとう」「SAKURA」などヒット曲が多く、今年の「音楽ファン2万人が選ぶ好きなアーティストランキング」2位にも選ばれているから、出場は当然でもある。

今月2日のNHK・BSプレミアムは、その女性ボーカル・吉岡聖恵に密着取材したドキュメント「いきものがかり 吉岡聖恵 ポートレイト」を放送した。デビュー10周年記念ライブを、神奈川県海老名と厚木で開くまでの約2カ月を追った。

その中でカメラが何度もとらえていたのは、素人目にもリハーサルとは思えないほど真剣に、力いっぱい、持ち歌を何度も何度も歌う吉岡の姿だった。関係者によると、「いきものがかり」がリハーサルに費やす時間は、他のアーティストの倍以上らしい。

吉岡は、リハーサル現場にいつも1冊のノートを持ち込み、その日歌った曲名とその回数を毎日書き留めている。「何のために?」と訊かれた彼女は、照れながら答えた。「そうしないと、何度も歌ってしまうので、歌い過ぎないためにです」

「それにしても、なぜそこまで?」と重ねて訊かれて答えた彼女の、あまりにも正直な返事に、驚いた。録画していなかったので正確ではないが、彼女はたしかこんな意味のことを口にした。「CD音源に、なるべく近づきたいんですよね」

いま市販されているCDは、レコーディング時に繰り返しデジタル録音した音源の、時には1音だけでもベストな部分を電子的に切り貼りして作り上げる。つまり、歌手の生歌より、はるかに上手で完璧な仕上がりになっているのだ。だから、せっかくライブに来てくれたファンに、日頃聴いているCDとの違和感を与えて落胆させないよう、自分の歌をきちんと完成させておきたい ―― 。

彼女は、公言を憚る音楽界の、舞台裏のタブーを、つい口にしてしまったのかもしれない。しかし、そういう歌手や“アーティスト”が果たしていまどれだけいるだろうかと想像したとき、少なくとも彼女が歌う「紅白」は、楽しみにしたいと思う。

方位方略を No.800

10年ぶりに会った友人と街中でランチを食べた後、コーヒーは、昔2度ほど行った、たしか近くの路地裏にあった専門店に行ってみようという話になった。

「こっちの方向だったよな」「うん」と足を向けたのだが、「……あれっ?」「ないねえ」「もう1本西の筋だったか?」「ウーン」。しばらく探しても見つからず、結局別の店に入った。実は1本東の筋だったと後で分かったが、悲しいかな、時代遅れのオジサン達にはポケットの中のスマホを道案内に使うという発想が出てこなかった。

似たような話。月に何度か通る程度の道で、ある日、一角が更地になっていた。「あれっ? 前はここに何が建っていたっけ? 民家? それとも長らくシャッターを下ろしたままの元商店? それってもともと何屋さん?」

米国の心理学者E.C.トールマンによると、人間は頭の中に自分で描いた「地図」をそれぞれ持っている。「認知地図」と呼ばれる。ただし「認知地図」が実際の地図に照らして正確な範囲は、自宅から半径約500m内にとどまる。それ以上に遠い、例えば自宅から駅までとか、駅から会社までとか、自宅から最寄りのスーパーまでといった広範な地図では、覚えているのは要所々々だけ。左に曲がる手前に銀行があることは覚えていても、「その両隣は何屋さん?」と訊かれると急に覚束なくなる。

つまり「認知地図」は、たとえ同じ市内に住んでいても、各々の生活圏や日常行動、その人にとってその場所が持つ意味・重要度の違いが「空間認知」に影響するため、脳内に描く「地図」は異なって当然。だから他人に聞いた道順を迷ってしまうのは仕方がないことで、「記憶力が衰えた」とか「ボケてきた」と気に病む必要はないらしい。

ちなみに「認知地図」のあやふやさと「方向音痴」は別物だそうだ。例えば道順を覚える際、方向音痴の人は「右に曲がった次は左、次は左」といったように道順を「言葉」で覚えようとする。その結果、角を曲がるたびに視点が動き、進むべき方位を錯覚してしまう。他方、迷わない人は、自分で定めたランドマーク(目印)の位置・方角を常に意識し、自分の現在地を確かめながら進む「方位方略」の考え方を貫いているからだ。

さて、一年が終わろうとしている。来年も取り巻く環境はめまぐるしく変化しそうだ。その中で自社は、自分は、定めた目標・目的を見失わずにどう進んで行くか ―― 「方位方略」をしっかり見定めたい。