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自制を No.764

心理学では、2つの、似たような症状や実験が報告されている。

1つは、「学習性無力感」と呼ばれる。回避困難なストレス下に長期間置かれた動物は(人も含めて)、徐々に「何をしてもムダだ」ということを学習し、やがては、その状況から逃れようという努力をしなくなる。少し努力すれば抜け出せるかも知れなくても、「成功するかも知れない」ということすら、考えられなくなる。

いま1つは「プリゾニゼーション」(監獄実験)である。募集した人々を囚人役と看守役の2グループに分け、実際の刑務所に近い環境の中で各々の役割を演じさせると、時間が経つにつれ、看守役の被験者はより看守らしく、囚人役の被験者はより囚人らしく振る舞うようになる。つまり人は、圧倒的な力にねじ伏せられて自由を奪われると、生き抜くために、過剰に適応して、個性と積極性を失っていく。

―― と唐突に書き始めた理由を、もう理解していただけるのではなかろうか。2年前から行方不明になっていた女子中学生が、無事保護された事件についてだ。

「背が伸びて、少し大人びた気がする」と話す両親の安堵と喜びは、察するに余りある。だから。この事件の二次、三次報道はもう、そこまでで充分ではないのか。

それなのに、監禁先での生活状態から「(被害者少女は)逃げようと思えば、もっと早く逃げ出せたのではないか」といったニュアンスの言葉を、自ら口にしたり、さらにタチが悪いのは「そういう声もある」などと第三者の言葉を借りた無責任な言い回しで伝える新聞・テレビの報道、ネットの書き込みがみられることだ。

「(今回の事件で被害者が)『なぜ逃げられなかったのか』という『理由』を問うことは暴力である」と武蔵大学・千田有紀教授(社会学)がネットのニュースサイトに寄せた意見を、強く、強く支持する。「理由は『逃げられなかったから』なのだ」という指摘も、その通りだと思う。それだけで充分ではないのか。それ以上の何を、マスコミは私たちに知らせる必要があるのか。また、私たちは知る必要があるのか。

ネット時代のいま、私たちは自分の考えや推測、憶測までも、ほとんど制約もなく世の中に発信できてしまう。だからなおさら情報発信のプロたるマスコミは、情報を必要以上あるいは不必要に伝えて日本人の「民度」を劣化させるような姿勢は厳に慎むべきだし、私たちも、単なる興味に走らぬプライドと、人に対する優しさを、忘れずにいたい。

ムヒカ前大統領 No.765

5日のテレビニュースカメラが映していたのは、普段着のようなジャンパー姿で羽田空港到着口に姿を現した、ごく普通の外国人の太っちょなオジサンだった。人口340万人の南米の小国・ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領(80)である。

2012年6月、リオ・デ・ジャネイロで環境問題を議題に国連「持続可能な開発会議」(通称「地球サミット・リオ会議」)が開かれた。初日は各国首脳によるスピーチ。国名順に行われた最後に、ムヒカ氏は登壇した。自国のスピーチが終わると退席してしまう国が多かったから、その時会場に残る聴衆はさほど多くはなかった。そんな中、ノーネクタイのシャツにジャケットというラフな服装で演壇に立ったムヒカ氏は、たった8分間だったが、後に「最も衝撃的なスピーチ」と呼ばれる演説を行なった。

「(私の)疑問を声に出させてください。『持続可能な発展と世界の貧困をなくす』とは、裕福な国々の発展と消費モデルを真似することなのでしょうか。マーケット経済がマーケット社会を作り、そのグロバリゼーションが世界の隅々まで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。残酷な競争で成り立つ消費社会主義で『みんなで世界を良くしていこう』といった共存共栄的な議論は、できるのでしょうか」

「(現代は)人類が消費社会にコントロールされています。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことです。自分自身に問いかけます。これが人類の幸せなのか……と。発展は、人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません」(抜粋・一部要約)

演説が終わると、一斉に立ち上がった聴衆からの拍手が、しばらく鳴り止まなかった。

そのムヒカ氏は大統領時代、公邸暮らしを断わって郊外の質素な農場に妻と住み、菊を栽培していた。車は友人から貰った古いフォルクスワーゲン。飛行機での移動はエコノミークラスを譲らなかった。「世界一貧しい大統領」と言われた所以だ。

インタビューで語っている。「みんな豊かさを勘違いしていると思う。大統領というのは多数派の人が選ぶのだから、多数の人と同じ生活をしなければいけない。少数派ではいけない。国を治める者は、その国の平均でなければならない」

私たちも学びたい。何より、ぜひとも学ぶべきだ、政財界のリーダーたちは。

飢饉普請 No.766

江戸時代後期の「天保の大飢饉」で人々が飢えに喘ぎ、疫病も蔓延して多くの死者が出ていた最中、近江の豪商・藤野四郎兵衛は屋敷の建て替えを始めた。それも豪奢な造りで、文庫蔵も建て、庭には全国から巨石・名石を取り寄せた。まさに湯水のように金を使う贅沢ぶりを聞いた彦根藩主・井伊直亮は「諸人が飢えに泣く時に何たる所業か」と激怒、奉行を差し向けた。ところが ――。奉行がそこで見たのは、大勢の農民や職人が、充分な労賃や、家族にまで食事が与えられ、喜んで働いている姿だった。

現在の新潟市江南市沢海地区で250年余も続き、明治末期に東京ドーム300個分の農地を有していた豪農・伊藤家には「田地買うなら悪田を選び、悪田を美田にして小作人に返すべし」という家訓があった。また飢饉になると、近くの農民を集め、庭に池を掘ったり築山を作ったり、掘った池を再び埋め直したりといった工事が繰り返され、労賃が払われた。「飢饉普請」と呼ばれるこうした行いが、昔は各地で見受けられた。

慈善なら、わざわざ仕事を作って働かせなくても、最初からお金を与えればいいじゃないかとの声もあろう。しかし、彼ら豪商・豪農は無償の寄付や施しを、ほとんどしなかった。不労所得は、受ける人々の自尊心・自立心を削ぐからだ。苦しい時を、自分も一生懸命働いて乗り越える気持ちが大事だからだ。そして乗り越えた暁には、助けてくれた恩に報いてその商家から物を買い、あるいは地主のためにさらに働く。

商売を永く続けるには、儲けるための商才もさることながら、むしろお金の使い方、出し方が肝心なのだと、かつての豪商・豪農は教えている。富める者や豊かな者がお金の使い方を間違わない限り、世の中はそんなに悪くはならない。

翻って、現代の日本はどうか。富者は正しいお金の使い方をしているのか?

いま日本経済が明確な上昇気流に乗り切れていない原因の一つは、多くの企業が、儲けた利益を溜め込んだまま吐き出さないからだとの指摘がある。日本企業の昨年9月末の内部留保は343兆円。安倍政権発足直後の2012年12月時に比べ約69兆円も増えている。にもかかわらず、それを社会に還流させるような政策は何も出てきていない。

評論家・渡部昇一氏がどこかで言っていた。「日本の財務官僚は、エリートではあっても、金持ちではない。だから本当のお金の使い方が分からず、正しい経済政策を考えられないのだ。

なるほどと、感心してばかりもいられない。

偶然か 奇跡か No.767

ニュースサイト「ねとらぼ」に配信(14日)されていた以下のトピックを、すでにご存知だったらごめんなさい。当時7歳だった日本の少年が失したゲームソフト「ポケットモンスター」のカートリッジが、なんと18年ぶりにこのほど、米国Amazon.comに中古品として出品されていることが分かったという話だ。

日本の少年は現在、東京大学大学院に通う25歳のT君。「ポケモン」ソフトは、彼が5歳の誕生日プレゼントに両親から買ってもらったものだ。大事にし、いつも持ち歩いていたのが災いし、7歳の時、家族で東京ディズニーランドに行った際、失くした。

ひらがなで名前が書かれたそのカートリッジが、米国Amazonに出品されている写真を目にした日本の青年がツイッターに投稿。巡り巡ってT君に伝わり、「あっ、自分のだ!」となったらしい。東京ディズニーランドで拾われたカートリッジが18年間、どんな経緯を辿って出品者に渡ったのかは不明だが、奇跡的といえよう。

英国の数学者デイヴィッド・J・ハンド氏の著書「『偶然』の統計学」(松井信彦訳)にはいくつかの「奇跡的偶然」の実話が載る。

▽米国イリノイ州のメアリー・ウォルフォードさんは、4人の娘を産んだ。その誕生日は、長女が1949年8月3日、次女が1951年8月3日、三女が1952年8月3日、四女は1954年8月3日だった。

▽スウェーデンの地方都市に住む主婦レナ・ファルソンさんは1996年に結婚指輪を亡くしてしまった。それから16年後のある日。彼女が庭の片隅の家庭菜園で育てていたニンジンを引き抜いたところ、そのニンジンは、ダイヤが埋め込まれたプラチナの結婚指輪をはめて出てきた。

▽あるドイツの母親が息子の写真を撮り、フランスで現像に出した。しかし戦争が勃発したため取りに行けなくなり、そのままになっていた。2年後、母親はその後に生まれた娘の写真を撮るためドイツでフィルムを買い、現像に出した。すると、なぜか二重露光で何かが写っており、よーく見るとそれは2年前に撮った息子だった。あのフィルムは未現像のまま新品に混じって売られ、しかも自分がまたそれを買ったのだ。

「偶然」と「奇跡」の違いは何?―― 「Yahoo!質問箱」で見た答えは、「君が彼女に巡り合ったのは偶然。君が彼女と結ばれたら奇跡」

たしかに「ベストアンサー」だ。