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10月入りNo.739

「ウェザー・マーチャンダイジング」という商業用語がある。人間の購買行動は気温や晴雨など気象条件の影響を強く受ける。その変化を商品の品揃えなどに反映させ、売り上げ増を図ろうとする販売手法だ。

気温が上がると売れ始める「昇温商品」と、下がると売れ始める「降温商品」に大別される。食品で言えば「昇温商品」の代表例は「冷やし中華」や「アイスクリーム」、「降温商品」なら「肉まん」や「おでん」だろうか。

では、後者の「おでん」がコンビニで最も売れる時期はいつか、ご存知だろうか? 12月? 1月? セブン-イレブンによると「9月末~10月初め」だそうだ。

本当に?と首を傾げたくなるが、その理由は「体感気温」 ―― 肌に感じる気温の、前日までとの寒暖差に強く影響されることにあるらしい。「朝晩肌寒くなってきた」と感じる今頃の季節、ふと食べたくなる最初が「おでん」というわけだ。実際、ニーズを先取りするコンビニ業界では今年、ファミリーマートは8月25日、ローソンは同11日、セブン-イレブンに至っては同4日から、「おでん」をレジ横に置き始めた。

その「おでん」の「好きな具材」では、ほとんどの調査で①大根 ②たまご ③こんにゃくがトップ3を譲らない。ダントツ1位の大根は、エジプトの壁画やアポロ神殿に金の器に入れて奉納されていた形跡が残るなど、当時は主に薬草として重宝されていたという。中国を経由し日本に伝わった時期は不詳だが、「日本書紀」の仁徳天皇の歌にある「於朋泥(おほね)」がそれで、「於朋泥」 → 「大根(おおね)」 → 「大根(だいこん)」と変化したとされる。

重複するが、大根は薬効成分を多く含む。根にはビタミンCが豊富なうえ、ジアスターゼやグリコシダーゼなどの酵素が消化を助けて胃を丈夫にし、咳を止め、痰を出やすくして風邪を早く治す手助けをする。

それに大根は、すり下ろしてそのまま食べても、どう料理しても、また何と一緒に食べ合わせても、滅多に食中(しょくあた)りしない。そう、大根は滅多に当たることがない食べ物だから、演技が下手な役者を「大根役者」と呼ぶようになったとの説に行き着く。

旧暦10月10日は「大根の年取り日」で、田の神様が山に帰る日だから田んぼに入ってはいけないとか、12月初旬には参拝者に煮大根を振る舞う「大根(だいこ)焚き」が各地の寺々で行われる。いろいろな行事が気持ちを急かし始める、とうとう10月入りである。

新3本の矢No.740

御三家、三羽烏(がらす)、三役、三種の神器、日本三景 …… 日本人は「3」という数字が好きだ。三度目の正直、三拍子、早起きは三文の徳などの表現もあるし、浦島太郎が竜宮城に滞在したのは3年、桃太郎のお供はサル、イヌ、キジの3匹である。「3」好きの理由は、古代日本で「3」は最も大きく、かつ神聖な数字だったから、との説もある。

だからというわけでもなかろうが、安倍首相が2012年の就任時、第1ステージの政策運営として掲げたのは①大胆な金融政策 ②機動的な財政政策 ③投資意欲を喚起する成長戦略という「3本の矢」だった。

1本目の金融政策は、日銀の協力を得て円安、株高をそれなりに達成し、アベノミクスの基盤をとりあえず築くことはできた。しかし、2本目の財政政策は一時的で刺激に乏しかった結果、円安が輸出増へ、企業業績の拡大が設備投資の増加へ、雇用の増加が消費の拡大へという、当初目論んだような好循環には必ずしもつながらなかった。3本目の成長戦略も、成果が明確に実現しているとは言い難い。

そんな中、安倍首相は先ごろ第2ステージとして「新3本の矢」戦略を進めると発表した。1本目は、GDP600兆円を目標とする「希望を生み出す強い経済」。2本目は、出生率1.8%の実現を目指す「夢を紡ぐ子育て支援」。3本目は、介護のために職を離れなくてもよい「安心できる社会保障」。これらをもって「一億総活躍社会」の実現を目指すと謳い、今回の内閣改造では「一億総活躍大臣」まで新設した。 しかし、こうした安倍首相の新方針に対する評価は厳しい。掲げられた「GDP600兆円・出生率1.8%・介護離職ゼロ」は、本来「矢」と言うより「的(=目標)」であるし、その的を射抜くためにどんな「矢(=手段)」を準備しているか、何ら具体的に触れられていない。「GDP600兆円なんて、とてもコミット(約束)できる数値ではない」(経済同友会・小林喜光代表幹事)と、応援団サイドの経済界が冷ややかに突き放す所以だ。

それに、である。「一億総活躍社会」というネーミングにも違和感を否めない。「一億総××」と言えば戦中の「一億総火の玉」、戦後の「一億総懺悔(ざんげ)」を浮かべる世代も多かろうし、50年代には評論家・大宅壮一による「一億総白痴化」、70年代には「一億総中流」の流行語もあった。むしろマイナスイメージが強い「一億総××」を、大臣の名に付けて平気な安倍さんの、独得と言えば独得な時代感覚も不安の一つだ。>

幼児化社会No.741

「子供より大人のほうがはしゃいでいるなんて、クレージー」とテレビの街頭インタビューで外国人観光客が、肩をすぼめて答えていた。「ハロウィン」のことだ。

死者の霊を導いたり悪霊を払うために、子供たちが魔女やお化けに扮し家々を回る本来は宗教行事を、1983年に原宿キディランドが客寄せのパレードとして行なったのが最初の日本上陸。一気に広まったのは1997年に東京ディズニーランドが10月31日限定のスペシャルイベント「ハッピーハロウィーン」を開いてからだ。

日本記念日協会によると、今年のハロウィン関連の市場規模は推計1220億円で前年比約10%増。バレンタイン関連の同1100億円を追い抜いたとされる。 大人が、何歳になっても純真さを心に持ち続けることは大事だし、微笑ましい。しかし、日本で年々盛大化する「ハロウィン」狂想曲がそんなものではないことは、周囲だけでなく仮装して大騒ぎしているご本人たちも、よーく分かっているはずだ。

多少の偏見を承知のうえで言えば、近年の日本の「ハロウィン騒ぎ」は、社会が「幼児化」していることを示す端的な表れではないかと思えてならない。 多くの識者が、いま日本社会で進む「幼児化・幼稚化」傾向を憂いている。

▽そもそも少子化、高年齢化が深刻な問題である日本で、大人がどんどん幼稚化していると感じられるのはおかしな話だ。子供が減っている分、年々大人社会になっていくはずなのに。=プロダクトデザイナー・和田智氏(抜粋・要約=以下同じ)

▽豊かになると幼児化が進む。人類の進化につれ霊長類の幼児期が伸びるネオテニー(幼形成熟)現象が生じたが、経済的に豊かになるほど行き過ぎになってきた。何をしてよいか分からないモラトリアム人間の増加はその表れだ。=人類学者・川田順三氏。

▽社会の中で「大人にならなければいけない」「社会には大人が必要だ」という意識が希薄になってきている。いま日本人が考えるべきことは、経済成長ではなく、日本人全体の<幼児化>がもたらしている問題ではないか=文筆家・平川克美氏 自分の仮装姿にテレビカメラを向けられ、喜んでピースサインを送る成人男女たちに、「一億総ガキ社会」の著者・片田珠美氏のひと言を届けたい。

「大人になるということは、何でもできるようになることではなく、むしろ何でもできるわけではないということを受け入れていくことだ」 日本語が通じればよいが。

苦いか、しょっぱいかNo.742

季節感が薄れて残念に思うことの一つに、夕暮れ時、どこからか漂って来た、サンマを焼くあの匂いが消えてしまったことがある。調査によれば「日本人が一番好きな魚はサンマ」らしいのに、遠くからでも分かるあの独得の匂いを元から断って消してしまうことに日本の調理器具の技術進歩が成功してしまったのなら、恨めしく思う。

「あはれ 秋かぜよ 情あらば傳へてよ/男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食らひて思いにふける と」で始まる佐藤春夫の詩「秋刀魚の歌」。全文を思い出せなくても、「さんま、さんま、さんま苦いか鹽つぱいか/そがうえに熱き涙をしたたらせて さんまを食ふはいづこの里のならひぞや/あはれ げにそは問はまほしく をかし」で終わる、文字通り“頭と尻尾”部分は覚えている諸兄もいらっしゃろう。

春夫の知人・谷崎潤一郎には29歳の時に結婚した妻・千代がいた。美人で、貞淑で、申し分のない女房。それなのに、潤一郎は女性遍歴が絶えず、あげくは千代と別れて千代の実妹と結婚したいと言い出すような奔放ぶり。そんな潤一郎への愚痴や相談を、春夫は最初同情して聞いていただけだったが、やがて恋慕の情が芽生え、千代もまた春夫の優しさに惹かれていく ―― ただし春夫は当時すでに離婚していたから、近ごろ流行(はや)りの「W不倫」ではないが、大筋は今も昔もありがちな男女の物語である。

ある日、潤一郎が用事で出掛けた留守宅。春夫と千代と、まだ幼い娘の3人が、食卓を囲んで秋刀魚を食べたことがあったっけ ―― という春夫の心震える思いが、のちに日本を代表する恋愛詩を生むことになった。 「最近のテレビは恋愛ドラマを求めていないから、寂しい」と脚本家・中園ミホさんが先日、テレビのトーク番組でつまらなそうに話していた。「最近のテレビが恋愛ドラマを求めていない」のは、「若い人たちが恋愛したがらないから」だ。

結婚情報会社「オーネット」によると、今年の新成人600人のうち、男性の50%、女性の46%が「今まで交際した相手は1人もいない」と答えた。「交際」の定義と深さが昔と今ではかなり違いそうなので額面通りには受け取れないが、「交際相手が欲しい」と答えた人は全体の63%にとどまり、15年前の90%から激減しているという。冗談でなく「どげんかせんといかん」のではないか。サンマのしょっぱさ、腸の苦さ、そして旨さを知ってこそ真の大人だと、旧き世代は思う。

譜めくりストNo.743

職業として正式名称がないのは、その道だけで生計を立てているプロはたぶん世界中探しても一人としていないからではないか。しかし、想像以上に大変だろうと察せられる「仕事」がある。ピアノ演奏会などで演奏者に付き添って舞台に上がり、楽譜をめくる「譜めくり」係だ。英語で「page turner」、日本では一般に「譜めくりスト」と呼ばれることを先週の深夜番組で「存在感ゼロの天才音楽家」として譜めくりストの達人・中鉢まどかさんを取り上げていて、知った。

中鉢さん自身も演奏会を数多く開くプロのピアニストだが、同時に国内外の著名ピアニストから頼まれ、これまで延べ2万5000ページも譜めくりを手伝ってきた。

しかし、演奏会のポスターやプログラムに「譜めくり・中鉢まどか」などと名前が載るわけではない。「譜めくりスト」に求められるのは、演奏者の邪魔にならないよう楽譜をめくる以外は、ひたすら「目立たない存在」でいること。そのために気を配らねばないことがヤマほどある。たとえばピアノ演奏の譜めくりの場合――。

▽服装は黒。靴は足音が鳴りにくい物 ▽演奏者にやや遅れて舞台に登場し、演奏者が客席にお辞儀している間に、譜面をそっと準備する ▽自分が椅子に座る場所は演奏者の左後方の、ギリギリで視野に入らない位置 ▽そのページが終わる約5小節前で椅子から立ち、4小節前で片足を踏み出して左手を楽譜に伸ばし、3小節前でページを1枚挟み、2小節前は待機し、最後の1小節の最中もしくは最後の一拍でめくる ▽椅子に戻る時は後ろを見ずにそのまま ―― などという基本動作だけではない。

▽フェルマータ(延長記号)や長休符などで演奏者の動きが止まっている間は立たない、動かない ▽演奏者が低音部を弾いている間は視野に入りやすいので、動かない ▽頭や体でリズムを刻んだりしない ▽演奏者の息遣いに同調するとかえって演奏者の邪魔になることがあるので、楽譜を追いながら静かに呼吸する ―― ほか、ベテラン経験者が挙げる「譜めくりストの心得」はまだまだ尽きない。演奏者がどれだけ優れていても、「譜めくりスト」がタイミングを間違えたり、ページを2枚一緒にめくってしまったりして、演奏会が台無しになることだってあり得るし、実際にもあった。

企業組織にも、そんな「譜めくりスト」が、実は居るのではないか? 脚光を浴びる主役だけでなく、大切な陰の存在を、トップやリーダーは忘れてはなるまい。