2012年4月のレーダー今週のレーダーへ

新人を迎えてNo.714

「東京へ行くことだけが挑戦だと思ったら、アカン」(大阪駅)/「冬の先には、春がある。挑戦の先には、新しい自分がいる」(札幌駅)/「あのミュージシャンも、俳優も。福岡は、挑戦者が巣立つ街」(博多駅)/「近年、ノーベル賞受賞者をこんなにも輩出する街が、あるだろうか」(名古屋駅)/「上京するだけで満足してはならない」(東京駅) ―― 見かけた方もいらしただろうか、東京海上日動が先月末まで全国主要駅で展開していたキャンペーンポスターのコピー。

入社・進学で新しい世界に踏み出した若者たちへのエールだが、読めば先輩世代だって「自分もがんばらなきゃ」と心の中で思う。

4月入り。新人を迎えた職場もあろう。その年の新入社員の特徴をネーミングし毎年発表している日本生産性本部によると、今年の新入社員タイプは「消せるボールペン型」だそうだ。そのココロは「見かけはありきたりなボールペンだが、機能は大きく異なっている。見かけだけで判断し、書き直しができる機能=変化に対応できる柔軟性を活用しないのはもったいない」とのこと。

「ただ…」と、社会学者の岩間夏樹氏が今年の新人たちの“取り扱い注意点”を話している。「消せるボールペンは、文字が『消える』のではなく、(書いた)文字を擦ると摩擦熱でインクが透明になるメカニズム。(同様に)上司や先輩が不用意に、鉄は早いうちに打てとばかりに過剰な熱血指導をすると、新入社員の個性が消えてしまう可能性がある」「上の世代と若者世代とでは、快適だと思う距離感が違うし、人間関係の感受性も違う。上司や先輩は、熱血過ぎず、(距離を)詰め過ぎないことが大切」(「ダイヤモンド」オンライン4月1日付=要約)

新人たちに接する際に大事なのは「相手が、自分の力で困難を克服できるよう、活力を与えることだ」と経営コンサルタント・小倉広氏はアドバイスする。「『考え方を変えなさい』と押し付けるのではなく、良いところ、出来ているところを探し、それを認めることによって、勇気を補充してやる。その先に自ら『変わりたい』と思ってもらえるような環境を作り、ヒントを用意してあげる。それが人材教育です」(「日経ビジネス」オンライン2014年9月17日付)。

「『どうせ』で始めると憂鬱なことも、『どうせなら』で始めると面白くなる」(エッセイスト・中山庸子氏)。前向きな気持ちで取り組もう、新人だけでなく、われわれも。

「ドローン」No.715

最近「ドローン」が注目されている。主に無線操縦による小型の無人航空体(機)。UAV(Unmanned Aerial Vehicle)とも呼ばれる。本来は「蜜蜂のオス」のことで、羽音がその語源ともいわれる。主にヘリコプターや米軍輸送機「オスプレイ」のような上向きのプロペラで浮揚・飛行し、ホバリング(空中停止)もできるなど、小回りを利かせた飛行が可能なのが特徴。今年の花見ではドローンに小型カメラを乗せ、満開の桜を、普段は見られない上空からの美しい映像にして届けたテレビ局もあった。

そのようにドローンは、これまで難しかったり危険なため人力ではできなかった場所からの撮影を容易にするだけでなく、農薬や種の散布や、工事現場での測量作業、工場や商業施設の監視による防犯業務、さらに鉄道やトラックに代わる宅配作業など、多方面で活用が考えられる。

実際、地上で人が測ると数時間あるいは数カ月かかるほど広範な地域の測量が、ドローンで上空から撮影し、画像をコンピュータで自動分析すれば10~15分で済んだり、今年1月には高松市で重さ1㎏の救急物資を8㎞先の離島に緊急輸送する実験も行われるなど、実用化へ向けたさまざまな試みが重ねられている。 さて、ドローンが持つのは、上空から地上を見下ろす「俯瞰する眼」だが、企業経営を進めるうえでも「5つの眼」が大事とされる。すなわち ――。

①全体図を大所高所から見渡す「鳥の眼」 ②複眼で細部を見て観察力を高める「虫の眼」 ③周囲の変化や時代の流れを敏感に感じ取る「魚の眼」 ④落ち着いて長い時間の変化を冷静に見続ける「石の眼」 そして最後はやはり、⑤他人とのコミュニケーションに意を用い、心と思いを大切にする「人の眼」 ―― である。厳しく、それでいて優しい眼差しを、忘れないでいたい。

話をドローン、つまり「蜜蜂のオス」に戻そう。「働きバチ」は日本のサラリーマン族の代名詞だが、実際の蜜蜂の世界では、働き蜂はすべて中性化されたメス。オスは普段はまったく何もせずに暮らしており、ただ1つの役目は、春から秋にかけて新女王と交尾すること。ただし。運良くわずか数秒の交尾が終わると、オスはそのままショック死し、また、交尾し損ねたオスはまた巣に戻るものの、秋風が吹き始める頃には巣から追い出され、飢え死にするそうだ。…… いえ、ただの蛇足で、他意はない。

「レビュー」時代No.716

「レビュー」と聞いて、少し華やかな歌劇や寸劇、ミュージカルを思い浮かべるのは、かなりの年配世代か宝塚ファンぐらいだろうか。現に宝塚歌劇団の正式な英語表記は「TAKARAZUKA REVUE」。その「レビュー」には社会風刺を込めた出し物も少なくなかったことから「批判」の意味合いが強まり、やがて英語の「review」=「見直し・審査・再検討・書評・評論」など指すように変わっていったとされる。

いま「レビュー」という言葉が最も頻繁に使われているのは、ネット社会だろう。ショッピングや、レストラン、書籍、CDやDVD、映画などの紹介サイトの多くでは、すでにその商品・サービスを買ったり利用した人たちが感想を書き込む「レビュー」欄が用意され、総合評価が「☆」の数で示されるようになっている。

おかげでショッピングセンターの商品棚の前で、立ち止まってスマホを開き、誰かが書き込んだ「レビュー」欄を見てから買うか止めるかを考える人の姿まで見かけるようになった。どうせ買う(あるいは、食べる、見る、読む)なら、後で「失敗したな」と後悔したくないという気持ちが、他人の評価による「☆」印の多さに安心感を求めるのだろう。そうした要望に応えられる、便利な世の中になったことは喜ばしい。

半面、「レビュー」に頼り過ぎることの弊害もある。「評価」には当然、個人差があり、性差も避けられないからだ。他人の評価がそのまま自分にもフィットするとは限らない。また数年前に問題になったように、企業から報酬を得ながら良い評判だけを書き込むステルス・マーケティングつまり“ヤラセ宣伝”に、そうと気付かずに引っ掛かる危険も拭えない。米カリフォルニア大学の研究によると「☆」印が0.5個追加されると売り上げが13~34%増えるそうだ。そこを狙う不届き者も当然いよう。

それに、こうも思う。アナログ時代の購買行動には「掘り出し物」を見つけ出す喜びがあった。何かに興味を持つと、もっと詳しく知ろうと勉強し、知識を広げ深めて、ホンモノとまがい物を見極める眼を養った。その鑑定眼で、期待通りの、たまには期待以上の「掘り出し物」を手にした時、心に満ち足りた喜びを味わうことができた。

スマホを指先でヒョイヒョイと操れば、知りたいことがいつでも手軽に分かるネット時代はとても便利。けれど、他人の「レビュー」に頼って何かを得た満足感は、どこか薄っぺらく思えてしまう――と口にしたら、やはり時代遅れの繰り言になろうか。

「負けしろ」No.717

ジャカルタで開かれたアジア・アフリカ会議首脳会議に出席した安倍首相は、注目された演説では、60年前の第1回同会議で採択された「平和10原則」に触れる形で、「(当時)確認された原則を、日本は先の大戦の深い反省と共に、いかなる時でも守り抜く国であろうと誓った」と表現するにとどめた。戦後50年の村山首相談話や同60年の小泉首相談話では演説に盛り込まれた「植民地支配」や「侵略」、それに対する「おわび」といった文言を口にすることを、意識的に避けたと言える。いかにも安倍さんらしい。

これに対し中国政府は今回、公式には何の反応も示さなかったが、韓国外交筋は「核心的な表現が省かれた」として「深い遺憾」の意を表明した。

哲学研究者で思想家、倫理学者、翻訳家、さらに武道家でもある内田樹(たつる)・神戸女学院大学名誉教授は、著書やブログで度々「負けしろ」論を展開している。(以下要約)

▽日本はいま軍事力と経済活動のいくつかでは劣るが、それ以外では中国より優位に立っている。圧倒的優位は「負けしろ」の多さだ。真の国力は「勝ち続けることを可能にする資源」の多寡で考量するものではない。「負けしろ」を以って考量するのである。

▽(日本では)政権がどれほど外交上の失点を重ねようと、内閣の辞職や国政選挙で与党が惨敗することはあり得ても、九州や北海道が独立するとか、内戦が始まるとか戒厳令が布告される事態を想像する必要はない。外交上の失敗がトップの首のすげ替えにとどまらない極めて深刻な混乱を招く可能性のある国と、その心配のない国では、「負けた時に失うもの」が全然違う。日本は世界最高レベルの「負けしろ」がある国なのだ。

日本はそのように「負けしろ」の多い国なのだから、「もっと民度的余裕」を持って接すればよい、とする内田氏は、一方でこんな懸念にも触れている。

▽日本はずいぶん手触りの冷たい社会になってしまった。私が若い頃は、金がなく、仕事がなくて途方に暮れている時は、親族や友人、地域の仲間たちが救いの手を差し伸べてくれた。「負けしろ」があったと言ってもよい。しかし今は一回の失敗の意味がずいぶん重い。一度の失敗で仕事を失い、家族友人を失い、路頭に迷う人がいる。自己利益の追求を優先し、「負けしろ」の確保を惜しんだせいである。

日本という国が持つ「負けしろ」の多さ ―― 少し難しい内田氏の考え方を理解できた時、手詰まり感がみられる外交・内政を拓くヒントを発見できるのかも知れない。