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セイタカアワダチソウNo.641

淡紅の秋桜が 秋の日の 何気ない陽溜りに 揺れている……「コスモス」が咲き始めた。メキシコ原産のこの花が、ヨーロッパを経由し日本に伝わったのは明治20(1887)年ごろ。政府に招聘され工部大学校(東京大学工学部の前身)に赴任したイタリア人美術教授が持ち込んだとされる。

原種の花の色は桜色。花弁も桜に似ていて、清楚な咲き姿が日本人の感性に合ったのか、全国に広まった。ネット情報によると10月は福井市「宮ノ下コスモス広苑」(1億本)、潮来市「上戸川コスモス団地」(1000万本)、立川市「国営昭和記念公園」(550万本)など各地で大小の「コスモスまつり」が催される。

広い空き地に「コスモス」を植えるのは、観光目的だけでなく、外来帰化植物であるコスモスは生命力が強く、空き地に蔓延って花粉症の原因になるような他の植物の繁殖を抑制する効果もあるためらしい。実際「コスモス」は、台風で倒れても、地面に着いた茎の途中から根を出して自立し直すほど、見た目よりしたたかな植物なのだ。

イメージと違うという点では、やはりこの季節に真黄色の花を咲かせる「セイタカアワダチソウ」もそうだ。1970年代に日本に出現し、一時は空き地という空き地を埋め尽くすほど大繁殖した光景を、多くの諸兄がご覧になっていらっしゃろう。

その「セイタカアワダチソウ」を最近あまり見なくなった。見ても昔のように見上げるほど背高ではなく、勢いがかなり弱まっているはずだ。理由は、①往時の大繁殖で地中の栄養を吸収し尽くした ②根から、他の植物の成長を妨害する物質「アレロパシー」を出すが、その自家中毒で自身の繁殖力まで弱めてしまった、などだそうだ。

しかし「セイタカアワダチソウ」が何より気の毒なのは、この花はかつて「花粉症の原因植物」という“濡れ衣”を着せられたことだ。どこかの新聞が誰かの説を鵜呑みにして書いたのが原因とされる。しかし現在では、この花は風媒花ではなく虫媒花だから花粉症の原因になるはずがなく、それどころか、花粉症の原因になる他の問題植物の繁殖を抑えたり、地中のカドミウムを除去する土壌浄化能力があったり、また養蜂業者にとっては大切な蜜源植物でもあるなど、多くの長所が指摘されている。

そんな話を聞くと、心配になる。もしかすると私たち人間は、自分の無知や思い込み、偏見によって、他にも第二、第三の「セイタカアワダチソウ」を作り上げる過ちを犯していまいかと。それも、相手が植物ではなく人間の「セイタカアワダチソウ」をだ。

「畳む」文化No.642

日本は「畳む文化」の国である。着物、布団、扇子、提灯、風呂敷、屏風……いろんな物を普段は畳んで仕舞っておき、使う時に広げ、使い終わるとまた畳んで仕舞う。

洋服は、ハンガーに吊るして仕舞ったほうが型崩れせず、シワもつかない。しかし日本の着物は、裏地がない夏用の単はともかく裏地のある袷では、畳んで仕舞っておけば表地と裏地が1枚の布のように馴染んで着崩れしないが、長い時間吊っておくと表地と裏地が袋のようになってしまい、型崩れする。だから古着でも、衣紋掛けに長い間吊るされたまま売られているような着物は、敬遠したほうがよいそうな。

日本に「畳む文化」が根付いたことには理由がある。住環境が狭隘なため、使い終わった物は早く畳んで仕舞わないと邪魔になるからだ。食事が終われば卓袱台を畳み、朝起きれば布団を畳んで押し入れに仕舞う――それがかつての日本の庶民の日常生活パターンだった。しかも日本には四季があり、季節々々で使う物が違ってくる。だから、こまめに、コンパクトに収納しないと、部屋が片付かないのだ。

そんな日本人の「畳み」指向は、現代にも根付いているようだ。たとえば日本では、折り畳みタイプのノート型パソコンの出荷が全体の73%を占める(2012年度=電子情報技術産業協会調べ)。「この比率は諸外国に比べるとかなり高い」とネットで複数が指摘していた数字的根拠には辿り着けなかったが、たしかにノート型パソコンはキーボード一体型だからコンパクト。マウス操作も不必要な分、机上でスペースを取らず、日本の狭い住宅事情には適していよう。

「畳む」行為は日本人の器用さの象徴でもある。JAXA(日本宇宙科学研究所)が2010年に打ち上げた惑星探査船「イカロス」は、推力に太陽光を使った。その太陽光を受け止めるのに必要だったのが、広さ120畳に及ぶ巨大なセイル(帆)。セイルは当然、ロケット発射時には小さく折り畳まれていた。それを畳み込み、次に宇宙空間で広げる際に役立った日本特有の技術が、もうお分かりだろう、「折り紙」の技術だ。

独得の「畳む」文化を持つ日本には昔、同じく「畳む」と表現したものがもう一つあった。「よしやせつない思をしても、その思を我胸一つに畳んで置こうと決心した」(森鴎外「雁」) そう、「切ない思いを胸に畳む」―― 自分の大事な気持ちを心の奥底に大切に仕舞い込んでおく……そんな奥ゆかしい発想が薄れてきたことを、寂しく思う。

正義の味方No.643

かの大先輩は、作品以外でも私たちに多くの言葉を遺して逝ったことを、ネットを検索してみて改めて知った。ただし出典が不明のそれらをそのまま載せるのは「手抜きだ」とお叱りを受けそうだが、それを覚悟の上で書き留めておきたくなった。

▽幸福とは何か? この命題にはいくつかの答えがあります。たとえばそれは健康であり、成功であり、あるいは草むらの上を裸足で歩くといったごく素朴な喜びもまた幸福です。でも、その最大のものは、やはり「めぐりあい」、人と人との出会いです。

▽怪獣を倒すスーパーヒーローではなく、怪獣との闘いで壊された街を復元しようと立ち上がる普通の人々が本当のヒーローであり、正義なのです。

▽無菌室で育った人間は、表に出た途端に死んでしまう。バイ菌と闘うことで免疫ができるし、ちょうどいいバランスでバイ菌と闘えている状態が健康なんです。

▽世界中のヒーローを見ても、こんな弱いヒーローはいません。ちょっとでも雨に濡れるとダメ。顔が少し変形するだけでも泣き出し、直してもらわないと闘えない。ヒーローと言っても弱いんです。でも、いざという時はやるわけですよ。僕らと同じです。

▽正義を行うということは、本人も傷つきます。禁煙の中でタバコを吸っている人を注意すると、逆に絡まれるかも知れません。ホームから線路に落ちた人や踏切に入った人を助けようとした人が、かえって犠牲になる場合もあります。正義を行うには犠牲が伴うのです。アンパンマンが飢えた人に自分の顔を食べさせるシーンを私が描いたのは、そういうことも訴えたかったからです ――。

知らない日本人はいない漫画「アンパンマン」の作者・やなせたかし氏が13日亡くなった。94歳。ガンをはじめ多くの病を抱えていた。19日に発行される本人の責任編集による季刊誌「詩とファンタジー」の巻頭用に、「もうおしまいです」と題する“遺言”を用意していたそうだから、その覚悟の大往生を静かに受け止めたい。

そのやなせ氏はこうも言っている。「正義とは実に簡単なこと。困っている人を助け、ひもじい思いをしている人に、パン一切れを差し出す行為を『正義』と呼ぶのです」  ひるがえって、日本の政治の世界には今、パン一切れを黙って差し出すような“正義の味方”が果たして居るのだろうか ―― そう考えた時、大先輩にはやはり「アンパンマン」をもっともっと書き続けてほしかったと、無念さが募ってくる。

「藤原の効果」No.644

台風27号、28号が列島に接近し、その進路が心配されている。とくに今回のように2つの台風の距離が近くなると「“藤原の効果”によって予測が難しくなる場合もある」とテレビ各局の天気予報が伝える。

「藤原の効果」――2つの台風(もしくは熱帯性低気圧)が約1000㎞以内に近づくと互いが影響し合い、反時計回りに後を追い掛けるように動いたり、小さい台風が大きい台風に吸収されたりする現象のこと。1921(大正10)年に当時の中央気象台(現気象庁)台長・藤原咲平氏が提唱したことから、世界的にそう呼ばれる。

日本の気象予報の礎を築いた藤原氏は、1933(昭和8)年の気象情報誌「測候時報」に寄稿した中で「天気予報は、理論のみから演繹(=割り出す)できるものではない。七分の学理に三分の直観を加えなくてはいけない」とし、5点の「予報者の心掛け」を掲げた。曰く、①時世に遅れないこと ②土地の天気の局地性に通暁すること ③予報の成績を常に吟味し、とくに不中(当たらなかった)の場合の原因を必ず探究すること ④他人の予報をも注意して他山の石とすること ⑤虎の子(=自分だけの宝物)を作らぬこと。気象予報に限らぬ万事に通じる「心掛け」として、心に留め置いてよかろう。

さて――。上記の藤原氏の「心掛け」は上山明博著「ニッポン天才伝」から引用した。 同書には、藤原氏のほかに明治以降の日本の、科学技術発展の先駆けになった15人が載る。すなわち、日本の科学研究の基礎を築いた櫻井錠二、薬「タカジアスターゼ」「アドレナリン」を発明した高峰譲吉、漆研究の先駆者・吉田彦六郎、合成繊維「ビニロン」の開発者・桜田一郎、ライト兄弟より早く飛行機の原理を考案した二宮忠八、鉛蓄電池を発明した島津源蔵、多極真空管の発明者・安藤博、地震学の創始者・大森房吉。

さらに竜巻の世界的研究者・藤田哲也、「ペースメーカーの父」と称される心臓学の権威・田原淳、胃カメラを開発した杉浦睦夫、日本発の世界的数学者・高木貞治、多くの特殊合金を開発した増本量、統計力学・物性物理学分野でノーベル賞級学者とされる久保亮五、ゼリー状の物質「ゲル」研究の権威・田中豊一らの各氏だ。

筆者は、上記のごく一部の名しか知らなかった。諸兄はいかがか? 実は現在の日本は、これだけ多くの偉大な諸先輩に支えられ、今ここにある。そのことを改めて認識するきっかけになったなら、それがもう一つの「藤原の効果」なのかも知れないと思う。