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徳は本なりNo.557

いま、数字抜きで世の中を語れない。たとえば90兆3339億円(平成24年度一般会計予算)、2兆5345億円(同23年度4次補正予算)や、7.8%(国家公務員給与削減率)、10%(消費税率)の両案など、今国会でも数字をめぐる与野党の攻防が激しい。
厳しい財政難の中、歳入・歳出をどうやり繰りするか ―― その“永遠の基本”は、中国・前漢時代(紀元前206~208年)の「礼記」に残る。「以三十年之通制国用 量入以為出」(30年の通を以て国用を制し、入るを量)りて以て出だすを為す=30年間の実績を通算した平均値で予算を立て、収入に応じて支出を調整する)がそれだ。
当時の中国は、国有の土地を耕作者に一律均等に分与する「均田法」での均等賦課だった。対象となる成人男子の数が分かれば歳入が自動的に計算でき、国は支出をその歳入の範囲内に抑えて行政を行なった。これが「入るを量りて…」の大原則だ。
ところがやがて、与えられた土地を捨てて別の土地に移ったり、商業に転換して蓄財に走る者などが現れた。その結果、国民の間に貧富の差が生まれ、課税に大きな不公平が生じ始めた。そこで所有資産に応じた税金を年2回徴収する、資産対応型の新しい税体系「両税法」に移行することになった。それに伴い財政運営も、必要と見込まれる歳出に応じて徴税する「出ずるを量りて入るを為す」とする考え方に変わったのだ。
消費税率を10%に引き上げても、公的年金を一元化し、月額7万円の最低保障年金を確保するには、将来的にはさらに7%の引き上げが必要になる――これはまさに「出ずるを量る」ために「入るを為す」という後者の手法。止むを得ないか得るかを別にして、健全な財政運営の姿に逆行することは間違いなかろう。
江戸中期、困窮する米沢藩の財政を建て直した藩主・上杉鷹山がモットーにし実践したのは、中国の古典「大学」にある「徳は本なり。財は末なり」(国を率いるリーダーに徳があれば、国民の蓄えは自然に増える)とする考え方だ。鷹山は、食事は常に一汁一菜、衣類も絹物は着ず一生を木綿の着物で通したという。そういう「覚悟」や「気概」が、いま日本という国を率いている人たちにどこまであるのか、という話だ。
最近の本欄は「民主党政権への批判が目に余る」旨のメールをいただいた。それが民主党政権であろうと他党政権であろうと、元を糺せば私たちが選挙で選んだ為政者たちへの「叱咤」は、同時に「期待」と「激励」の裏返しでもあるとご理解願えればありがたい。

長ーい1年No.558

今年は「時間」に関わる調整が2回もある珍しい年回りになった。1つは今月が29日まである「うるう日」、もう1つは7月1日に行われる「うるう秒」である。
ご存知の通り「うるう年」は「4年に1回」とは限らない。「4で割り切れる年」でも同時に「100で割り切れる年」は「うるう日」を設けないし、ただし同時に「400で割り切れる年」に当たる場合は「うるう日」を設ける。一番最近では2000年がそんな3条件が重なる「うるう年」になった。同様の3条件が次に重なるのは88年後の「2100年」。ということは残念ながら筆者も諸兄も……という余計な言葉は続けまい。

ともあれ、こんな複雑なルールで「1年」を調整しなければならないのは、真の1太陽年(=太陽が春分点を出て次の春分点に達するまでの時間)が365.24219879日であるのに対し、現在広く使われているグレゴリオ暦の1年は約365.2425日と微妙にズレているおり、400年に97回の割合で「うるう日」を設ける必要があるからだ。
しかし「うるう日」はそうしたルールに基づき前もって算出できるからまだ理解しやすいが、「うるう秒」は単純に計算できない点が厄介である。
「うるう秒」は、地球の自転速度に基づく時刻系「世界時(UTI)」と、世界が現在使っている原子時計に基づく時刻系「国際原子時(TAI)」とのズレを調整するため、1972年から始められた比較的新しいシステム。両時刻系が示す時刻差が0.9秒以内に収まるように、「1秒」を「適時」に「挿入もしくは削除」することになっている。
「適時」に「挿入もしくは削除」などと「うるう秒」の適用が曖昧にならざるを得ないのは、原子時計が刻む時刻は一定であるのに対し、地球の自転速度には予測できないムラがあるからだ。原因は、火山の爆発や地震に伴う地殻変動などによって重力の分布が変化するためで、5億年前の地球は1日21時間で自転していたとの説もある。

そこで1972年から過去24回行われた世界一斉の「うるう秒」の実施は第22回=1999年1月1日、23回=2006年1月1日、24回=2009年1月1日と間隔が異なる。その25回目が3年半ぶりで今年7月1日に実施されることが先日決まった。当日は午前8時59分59秒の次に「午前8時59分60秒」が挿入された後、午前9時00分00秒になる。
つまり今年は「1年=365日」ではなく「365日+1日+1秒」と珍しく長~い1年になるということ。貴重な時間をゆったり、有効に使おうではありませんか、諸兄。

目標を持つNo.559

毎夜のスポーツニュースが、プロ野球のキャンプ情報を伝えている。「去年の姿のままでは3連覇は難しい。1点を取る精度を上げていきたい」(中日・高木守道監督)、「一人一人に役割と立ち位置を理解させていく」(巨人・原辰徳監督)、「素晴らしい選手がいる中で、足し算ではなく掛け算でチーム力を高めたい」(日本ハム・栗山英樹監督)等々、3月30日のセパ同時開幕に向けて監督がそれぞれの目標を語っている。チーム力や選手一人一人の能力を上げていくには、何より「目標」の設定が肝要である。

ある実験がある。学生50人に垂直跳びをさせ、壁に白チョーク粉の印をつけさせる。全員が跳び終わったところで、次に各自の印の2割増しの高さに赤チョークで線を引き、それよりも高く跳ぶよう挑戦させる。結果は、28人が赤チョークの印を超えて跳ぶことができた。数日後、同じ50人にもう一度跳ばせた。ただし今度は赤チョーク印を付けず、ただ「できるだけ高く」と言っただけで。すると――。白チョークの2割増しの高さをクリアした者は15人にとどまった。同じ人間なのに、目標を与えられた場合とそうでない場合とでは、発揮される力が違うことをこの実験結果は示す。

実験で分かった事はそれだけではない。2割増しをクリアした者に「満足したかどうか」を尋ねると、最初の28人は全員が「満足した」と答えた。それに対し後日の15人では、「満足した」と答えたのは8人しかいなかった。「2割増し達成」という数字的成果は同じなのに、なぜ「満足感」に大きな差が出たのか。それは、赤チョーク印という「目標」が、最初にハッキリ示されていたかどうかの違いによる。

ハーバード大学でMBA(経営学修士)修了生に卒業時、「将来の目標」を聞いたところ、3%が目標を文書に残し、13%は目標を持っていたが文書にはせず、さらに残りの87%は具体的な目標すら定めていなかった。10年後、3%の人たちの所得は、13%の人たちの2倍、87%の人たちに比べると10倍以上になっていたとの話も聞く。

物事に挑戦する時、明確な目標を自ら掲げる、あるいは明確に与えられるからこそ、実力や潜在能力が発揮されたり引き出されるのだ。多くの自己啓発書を著す米国ジョセフ・マーフィーは「成功の法則」の1つとしてこう言う。「あなたの成功や目標を唯一邪魔するものは、あなた自身の考えや、心の中に抱く不安です」 躊躇する人々に明確な目標を示し、背中を押して達成を手助けするのが、組織のリーダー・管理職の役割だ。

病は気象からNo.560

「下駄を投げて、表になれば晴れ、裏返れば雨」というお天気占いに科学的根拠は薄そうだが、「子供たちが騒ぐと雨が降る」という言い伝えは「根拠がないわけではない」と立正大学の福岡義隆教授(地球環境学)。天気が良い日は、子供たちが遠くで遊ぶ声まで届いて来る。しかし好天というのは高気圧のピークや末期でもあるから、ほどなく気圧が下がり始め、天気が崩れる可能性が高い、という理屈である。

「『病は気から』と言うが、『病は気象から』でもある」と著書に書いているのは気象予報士・村山貢司さんだ。人間は常に成人の男なら平均16t、女なら14tの空気の重み=気圧を受けている。それを体内から同じ力で押し返しながら微妙なバランスを保っているため、本人が思っている以上に気圧の変化に敏感で影響を受け易いのだと。

「晴れの日は虫垂炎の手術が増える」という医学界でのジンクスも聞く。気圧が高まると、身体を病原菌から守る白血球中の顆粒球が増えるが、顆粒球の寿命は2~3日と短く、死ぬ前に毒性の活性酸素を撒き散らす。これが虫垂炎を悪化させるのだとか。

このような天気と身体の関係を研究するのが「生気象学」。それによると、出典不詳なのに広く知られる「晴耕雨読」という言葉も、理に叶った生活のあり方らしい。なぜなら、気圧が高まると脳内の交感神経が刺激され活動的な気分になるので、耕作などの労働に向いている。一方、低気圧下の雨中などで働くと体力を消耗し、生命に危険を生じる可能性があるから、本でも読みながら身体を休めているほうがよいというわけだ。
ただ、低気圧は厄介な問題も引き起こす。気圧が下がり酸素が減ると副交感神経が刺激され、身体は酸素摂取量に合わせて心拍数や呼吸数を抑えた省エネ型「リラックスモード」に切り替わる。しかし、その状態が長く続くと「リラックス過剰」になり、身体がダルくなってヤル気が起きず、「うつ」状態に陥る危険性もあるからだ。

そこでドイツでは、その日の気象が健康に及ぼす影響を知らせる「医学気象予報」を1950年代から始めた。心臓など循環器系の障害や脳梗塞、ぜんそく、リウマチ、虫垂炎、てんかん、うつなど約30項目に関する情報提供が行われているという。 実は日本でも2008年に愛知県で小規模な「医学気象予報」が実験的に取り組まれた。しかしほぼ1年半で終わって現在は「休止」されたまま。理由を聞いてガッカリした。「予算不足」だとか。国民の健康にも関心が薄い行政に、血圧がまた高くなりそうだ。