2012年1月のレーダー今週のレーダーへ

辰年を迎えてNo.553

新年のお慶びを申し上げますとともに、倍旧のご鞭撻を心からお願い申し上げます。
十二支の中で唯一の架空動物である龍=辰が今年の干支。辰年は戦後6度目となる。では過去5回にはどんな出来事があっただろうか。1952年(昭和27年)――サンフランシスコ講和条約発効、血のメーデー事件、64年(同39年)――マグニチュード7.5の新潟大地震発生、東海道新幹線が営業開始、76年(同51年)――ロッキード事件発覚、88年(同63年)――青函トンネル開業、瀬戸大橋開通、リクルート疑惑発覚、2000年(平成12年)――介護保険制度発足、雪印集団食中毒事件発覚。また辰年はオリンピックイヤーに当たり、ヘルシンキ、東京、モントリオール、ソウル、シドニーでそれぞれ開催されている。
ヤマト運輸が日本初の宅配便を開始したのも辰年、76年1月である。スタート初日わずか11個だった荷物は、2011年度には13億4800万個にまで増えた。しかし同社が「宅急便」を始めたとき、大方の人間は失敗するだろうと予測した。しかも「リスクが大きすぎると役員の総反対にあった」と「宅急便」の生みの親、故小倉昌男氏は著書「小倉昌男経営学」で書いている。しかし同氏は、デメリットを検証し、従来の運送会社のやり方にこだわらず新しい仕組みを整えることで儲かる事業になると確信し、事業化を推し進めた。
さらに小倉氏は、宅配便事業を成功させるために2つの決断をしている。三越百貨店の配送業務からの撤退と松下電器産業との取引解消だ。三越の場合は50年以上の取引関係にあったが、当時の岡田茂社長の理不尽な要求に我慢がならなかったからで、松下の方は家電商品の大型輸送という仕事が「宅急便」と極端にかけ離れていたからだ。「二兎を追うものは一兎をも得ず」のことわざに倣い、「宅急便」に事業を集中させた。
普通、大手の取引先がなくなることは会社にとって重大問題であり、それによって社内に動揺が起きても不思議ではない。しかしヤマト運輸は、トップである小倉氏がその理由と対策をはっきりと説明し、将来ビジョンを明確に示したことで、混乱どころか、「背水の陣で宅急便に取り組む態勢ができた」と同書で振り返っている。
「龍となれ、雲自ずから集まる」――。武者小路実篤の言葉で、これを座右の銘にする森ビルの森稔会長は、「しっかりしたビジョンがあれば、事は進むという意味だ」と語る。
明確なビジョンを示すことはトップの使命である。と同時に、社員とその将来像を共有することで一体感が醸成され、社内に活力が生まれることを、「宅急便」は教えてくれる。 

一年の計No.554

今年初詣でに出掛けた誰もが「去年より参拝客が多かった」と答える。大震災後の新年という要因が、やはり日本人の背中を無意識に押しているのだろうか。納められた絵馬にも「家族みんなが健康で暮らせますように」などとの願いが多く見受けられた。
 「健康」という言葉は中国の古典「易経」にある「健体康心」が語源。つまり、身体が健やかであるだけでなく、同時に心も安らかな状態を意味する。WHO(世界保健機構)も「健康の定義」を「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」(日本WHO協会訳)と掲げている。「社会的」部分は個人レベルでは難しいとしても、心身両面での「健康」管理は、一人一人の注意と努力に負わなければなるまい。
 年の初めにあたって、中国・宋時代の哲人・朱新沖が説いた人生設計における「五計」を、自身に照らして考えてみることも、心身の「健康」の維持に役立ちそうだ。その「五計」とは、一、生計=いかに生くべきかという本質的な生き方 二、身計=いかなる職業、価値観をもって生きるか 三、家計=夫婦関係、親子関係をどう築き、維持していくか 四、老計=いかに年を取り、老いたる者の価値をどう生かしてゆくか 五、死計=いかに死を迎えるかという死生観、である。
 弊紙読者のおそらくほとんどは「生計」「身計」「家計」の段階をすでに終え、人生の佳境としての「老計」を考える時期を迎えていらっしゃろう。「老計」という言葉の響きにやや抵抗感を持つかも知れないが、歴代総理の指南役といわれた陽明学者・安岡正篤氏は著書「困難な時代を生き抜く『しるべ』――人生の五計」でこう書いている。「老いてゆくということは、みんな老衰することだと思うが、そうではない。老という字は『なれる』とか『ねれる』と読む通り、老熟するということ。老ゆる計りごとが大切なのであって、老年はそれだけ値打ちのあるものでなければならない」
安岡氏はまた、そろそろ「老計」を立てる時期を迎えた世代に対し、やはり中国「荘子」(雑編)に残る蘧伯玉の言葉を送っている。いわく「年五十にして四十九年の非を知れり。六十にして六十化す」(50歳になってやっと、それまでの49年間の誤りに気が付いた。60歳になればまた60歳なりの変化があるものなのだ)。
 今年は何に挑戦するか ―― 「一年の計」を立てる時間は、今ならまだ間に合うと思う。

無視No.555

脳に関わる病後には、健常者には理解しにくい後遺障害が現れたりする。ある女性の場合、他の知覚や認識には何の障害も残らなかったのに、たった1つ、ある脳力を失った結果、道路を渡るのがとても恐くなってしまったという。大脳皮質のわずか4ミリ四方の領野を損傷したため、「動き」に対する知覚・認識が著しく低下し、向こうに見える車やオートバイ、自転車などが、止まっているのか、動いているのか、判断できなくなってしまったのだ。彼女の目には、まるで「静止画」が飛び飛びに表れるのと同じように映るのだそうだ(=脳科学者・澤口俊之著「わがままな脳」から)。
 ネットでは、昨年6月にクモ膜下出血で倒れたものの、幸い命を繋いだ「アラフィフ主婦」さんが、その後、後遺症に悩まされ、戸惑いながら暮らす日常生活を、おそらく努めて明るく振る舞いながらブログに綴っている。その彼女の戸惑いとは――。
 ▽新春セールの買い物に出かけた。ご主人のジャケットがなんと「980円」。「安~い。買おうよ!」と言ったところ、ご主人にたしなめられた。言われて値札を見直すと、値段は「3980円」。左端の数字の「3」が見えていなかったのだ ▽自分が使った後の洗濯機の中を祖母がまじまじと眺めている。自分では全部取り出したつもりなのに、洗濯槽の左側に洗濯物が残されたままということがたびたびあるらしい ▽久しぶりにパソコンを使おうと向かったが、キーボードの下段の左端にあるべき「Z」の文字キーが、ない。30分も格闘して、やっと「Z」キーを見つけた――等々。
 むろん、彼女は冗談を書いているわけではない。脳溢血などで大脳の主に右半球を損傷した場合、両眼の左側の知覚・認識を司る機能が損われることがある。視野の半分しか認識できないことから「半側空間無視」と呼ばれる後遺症状である。左目の視力が失われたわけではなく、両眼で見えているのに脳が視野の左半分を認識しないのだから、食卓の左側に置かれたおかずを気付かず食べ残すし、魚を食べると右半分だけを食べる。ネギを切っても、左側の15cmほどは、切らずに残したまま包丁を置いてしまう。
 こうした「半側空間無視」で一番困るのは、半分しか見えていないことに本人が気付かないことだそうだ。ハタが思うより厄介で大変な生活だろうと拝察する。
 野田首相が眼帯姿で登場した。暗闇で眼の付近を柱にぶつけたのだとか。でも、最近の彼は「半側空間無視」ならぬ「国民存在無視」のように見えるから、同情しにくい。

初の「経済センサス」No.556

諸兄の会社・事業所にも用紙が届いているはずだが、「経済の国勢調査」ともいえる初めての「経済センサス-活動調査」(正式呼称は「経済構造統計」)が、2月1日現在を調査時点として行われる(調査票の提出期限は原則2月29日)。
今回の調査は、全国すべての会社・事業所の活動状況を把握するためのもの。調査項目は経営組織や開設時期、従業員数、事業内容、23年中の売上(収入)高、商品手持ち額、販売形態、売場面積、費用総額とその内訳、設備投資の有無と取得額、営業時間、店舗形態など多岐にわたる。とくにこれまで不充分だったサービス産業についても実態を正しく把握することによって、GDPなど経済統計の精度向上を図るという。
「センサス」(Census)の語源は、総務省統計局のHPによると古代ローマ時代に人口の調査や財産の評価、税金の査定などを担当する役人の「Censor」(ケンソル)。これをラテン語で「Censere」と言い、転じて現在の「Census」になったとされる。
一般の統計調査は、調査対象(サンプル)を一定数に絞って実施されることから「標本調査」や「抽出調査」と呼ばれるが、今回の「経済センサス」は国勢調査と同様、該当者のすべてを調査対象にする大規模な「全数調査」。法的な位置づけも、各省庁合わせて現在56ある統計法に基づく重要な「基幹統計調査」の1つに定められており、調査対象者は調査票に記入・提出する「報告義務」を負う。報告を拒んだり虚偽の報告をすると50万円以下の罰金に処される(統計法第13条、61条)ので、念のため。
「センサス」はかつて、国民などに納税や徴兵、強制労働を課すための基礎データを収集する目的で実施されることが多かった。しかし近年は、社会構造の変化などを知る目的で行われる。今回の調査でも、調査票の記入内容を、たとえば徴税など本来の調査目的以外に使用することは統計法で厳しく禁じられている。
「すべての産業にわたる経済活動の多角化に対応した統計情報を整備し」「地域の実情に応じてきめ細かな施策を展開するための基礎資料にする」と実施主体の総務省は調査の意義を謳う。集計結果の速報が来年1月末に公表される予定だ。ただし、経済構造の全容が明らかになっても、それが政策の立案に資されなければ何の意味もない。
国・政府は、戻って来た調査票の1枚1枚に込められた、厳しい経営環境下で苦しむ企業の切なる思いと期待を汲み取って、ぜひ政策に活かしてほしいと願うばかりだ。